京北教会ブログ──書庫(2010.8〜2019.8)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

お茶と祈りのとき(2010)

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 京北教会では、礼拝後に毎週、お茶のときを持っているが、それにに加えて、毎月の第二日曜日の礼拝後には、「お茶と祈りのとき」という名前をつけて過ごしている時間を設けている。(ただし、何かの行事と重なる日には行わない) 茶菓は手作りなどで、交代で分担して用意をしあっている。

 この「お茶と祈りのとき」は、特別に構えて何かをする時間というわけではなく、いつもの日曜日の礼拝後と同じく、みんながそれぞれにお茶を飲んで、それぞれにゆったりする。

 その後に、牧師から、皆さんに知っていただき、祈りを合わせてほしいテーマ(当人の了解を得たうえでの個人消息、たとえば誰かの入院や退院、お見舞い等訪問の報告、遠方にお住まいの会員の方からの近況報告など)を短く報告し、また他の方からそういった報告があればみんなで聞きあう。

 そのあと、有志の2~3人の方々だけに、テーマについての短いお祈りをお願いし、終わってあとにみんなで「ごちそうさまでした」で終わる。だから、実際のお祈りの時間は、ごく短い。

 もちろん、人前でお祈りしたくない、という人には無理にお願いしないし、各人の体調や教会経験の長さ、その他のことを考慮して、お祈りする方をお願いしているので、無理に「今日はあなたがお祈りしてください」なんてことはない。

 毎回15~18人ぐらいの参加しておられるが、みながそれぞれにゆったりと、このときに参加してくださっている。そして、この「お茶と祈りのとき」は、教会員だけの場ではない。その日に礼拝に来られた方で、礼拝後に残ってくださった全ての方の場である。時間はお茶を飲み始めてから終わりまで20分ぐらい。短いものである。

 お祈りなんてしたことがない…という人も、その場に共にいてくださり、心の中で気持ちをテーマに向けて寄せてくだされば、充分だと思う。一人一人のことや、教会のこと、等々について、心を寄せてくだされば…。

 このように「お茶と祈りのとき」の時間を持つようになったのは、教会において、「みんなで祈るとき」というものをどう持ったらいいかと役員会で話し合ったことから始まっている。

 大げさにならず、負担にならず、義務的なものにならず、それでいてできるだけたくさんの方が参加できるような祈りのときを持つには…。

 そのことをみんなで考えていくと、このような形になった。そしてだんだんと、この「お茶と祈りのとき」は京北教会で定着してきているのではないかと思える。

 今日は、お病気の方、入院中の方のことを祈り、また、次週の永眠者(逝去者)記念礼拝のために祈った。

 神様に祈った。

 聴かれることを心から願いつつ。