2024年1月の説教
2024年 1月1日(月)地区 新年合同讃美礼拝説教
1月7日(日) 1月14日(日) 1月21日(日) 1月28日(日)
各 礼拝説教
2024年1月1日(月)
日本キリスト教団 京都教区 京都南部地区
新年合同讃美礼拝2024
礼拝説教「それでも、日を生きる」
今井牧夫(京北教会牧師)
聖書 ルカによる福音書 10章17〜24節(新共同訳)
七十二人は喜んで帰って来て、こう言った。
「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。」
イエスは言われた。
「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。
蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、
わたしはあなたがたに授けた。
だから、あなたがたに害を加える者は何一つない。
しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。
むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」
そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。
「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。
これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、
幼子のような者にお示しになりました。
そうです。父よ、これは御心に適うことでした。
すべてのことは、父からわたしに任せられています。
父のほかに、子がどういう者であるかを知る者はなく、
父がどういう方であるかを知る者は、子と、
子が示そうと思う者のほかには、だれもいません。」
それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。
「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。
言っておくが、多くの預言者や王たちは、
あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることはできず、
あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」
(上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
改行などの文章配置を説教者が変えています。
新共同訳聖書の著作権は日本聖書協会にあります)
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(以下、礼拝説教)
みなさま、新年あけましておめでとうございます。
わたくしは、京北教会牧師の今井牧夫と申します。
ここで初めてお会いする方々も多いでしょう。
よろしくお願いいたします。
わたしがおります京北教会は、京都市左京区下鴨にあります。京の北という漢字を書いて「けいほく」ではなく「きょうほく」と読む珍しい名前の教会です。地下鉄の北山駅を降りて歩いて9分程度、静かな住宅街にあります。今年で創立115周年を迎えています。最近の礼拝出席は20数名、コロナ禍になる前は30名程度でした。コロナ禍のこの4年間で、何人かの方を天にお見送りし、また施設に入居される方も増えました。それと同時に新しい方々も何人も来られています。
昨年のクリスマスには、京北教会ではクリスマス礼拝を例年通り行いましたが、コロナ対策として昼食の愛餐会、祝会またイヴ礼拝は行いませんでした。しかし最近はもう社会のコロナ対策の緩和を受けて、普通に食事や茶話会をする教会も多いと聞きます。皆さまは、どのようなクリスマスを過ごされましたでしょうか。
クリスマスを過ぎて今回、この新年合同讃美礼拝を、オンラインではなく対面の形で、この栄光館で行うのは5年ぶりです。この4年間、コロナ禍でできなかった、この栄光館での合同礼拝を再開できたことを心から感謝します。京都南部地区の担当者の方々、また同志社教会や学校法人同志社など関係者の皆さま、ご奉仕、ご協力を本当にありがとうございます。
わたしは、同志社大学の神学部、また大学院の学生をしておりましたので、その学びの時期の節目節目に、入学式や卒業式など、この栄光館に来たことを思い起こします。また、コロナ禍になる前は毎年、栄光館での新年合同讃美礼拝に参加しました。そして2006年から2年間はわたしは同志社教会の担任教師として毎週働いておりました。そうした意味で、この栄光館はわたしにとって思い出の場所であると共に、働くための場所、そして、自分にとっての新しい出発ということを心に覚えるときでありました。皆さまにとって、この栄光館はどのような場所でしょうか。
以前、ある場所で、同志社女子大学の栄光館、とわたしが言ったときに、それは違います、と訂正されたことがあります。女子大だけでなく中学・高校があるので、「同志社女子部栄光館」というのだと聞きました。また、ここは栄光館というだけでなく、ファウラーチャペルという名前が付けられています。つまりここはいわゆる講堂というだけではなく、礼拝堂なのです。
そして、この栄光館ファウラーチャペルは、同志社に関係する人たちだけの場ではありません。毎週ここで日曜日の礼拝をしている同志社教会がそうであるように、この栄光館の場は、すべての人に開かれた礼拝の場所です。様々な教派の方々、広く様々な立場の市民の皆さまに,この場は開かれています。今、栄光館が、この京都にあって重要な、市民一人ひとりの、みんなの礼拝場所として、帰って参りました。そのことを心から神様と関係者の皆さまに深く感謝申し上げます。
今までの4年間、コロナ禍の中で皆さまはどのように過ごされてきたでしょうか。コロナ対策が社会的に緩和されてきたので、昔のことはもうあっという間に忘れたという方もおられるでしょう。その一方で、コロナによって大切な家族や友人など、大切な人を失った方々がたくさんおられます。また仕事、生活、学校など、大切な場所と時間を失った本当に辛い時期でありました。
今から4年前、わたしたちはコロナ対策のために「人との接触を8割減らして下さい」と政府から言われ、どの食堂や喫茶店も長期間の休業を余儀なくされました。仕事の会議も学校の授業も多くがオンラインとなり、社会生活そのものがストップしました。教会・伝道所でも対面の礼拝を休止した所が多いのです。社会の誰もがマスクをして、お互いに話してはいけない、出会ってはいけない、そしてお互いがお互いを監視しているような、あの気まずい沈黙、孤独、そしてやるせない絶望。そうしたコロナ禍の4年間を経て、今わたしたちは、この同志社女子部栄光館ファウラーチャペルに帰って参りました。そして、2024年の最初の礼拝を行っています。
本日、この新年礼拝にふさわしい箇所として、わたしが選ばせていたただいのは、ルカによる福音書の10章17〜24節です。ここでは、イエス様の12人の弟子たちのほかに選ばれた人を含めた、72人の人々が、イエス様から遣わされて各地の町や村で宣教した結果が記されています。72人は各地で神の国の福音を宣べ伝え、悪霊を追い出し、人々の痛み苦しみをいやしてきました。
そして戻ってきたときに、イエス様に対して喜びの報告をします。イエス様が遣わした72人は、こう言います。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。」
悪に対して、主イエス様のお名前を使うと、悪が屈服するのです。これがうれしくないわけがありません。弟子たちはみな喜んでいます。それに対して、イエス様は、説教をされます。
「悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」
神様の力をもって闘うならば、悪霊が屈服するのは当然のことなので、そんな当然のことを喜ぶのではなくて、あなたがたの名が天に書き記されていること、つまり一人ひとりの存在が、神様によって覚えられていることをこそ喜びなさい、とイエス様は弟子たちに言われました。
現在のわたしたちも、新型コロナウイルスの問題に対して、様々な感染対策や、ワクチン接種などによって、打ち勝ったと言えるのかも知れませんが、わたしたちはコロナに打ち勝ったことではなく、コロナの苦しい時代の中でどの人も自分の命を懸けながら、互いに支え合って生きた、それぞれのこの4年間の生き方が、神様に覚えられていることを喜ぶべきなのだと思います。
そして、今日の箇所の終わりでイエス様は次のことを言われました。「それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。『あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることはできず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。』」
ここでは、イエス様は、弟子たちに対して、いま、目の前にある現実を見聞きしているあなたたちは幸いだと言われます。その現実とは、イエス様によって72人が各地の町や村に遣わされ、人々の中から悪霊を追い出し、病をいやし、人々に福音、神の国の到来を伝えたという現実です。
神の国、それは神様の恵みが満ちている世界のことです。それは、人が死んだあとに行く天国というだけの意味ではありません。人間がいま生きているこの世界の真っ只中に、目に見えない神の国が、イエス様から派遣された弟子たちの宣教によってすでに来ている、ということです。
そして、このような神の国の福音宣教というものは、かつての時代の王様や預言者たちが、自分たちも見聞きしたい、つまり経験したいと思いながらも、それができなかった。その素晴らしい神の国が、この今の時代に来ている。それをあなたたちは今この時代において、見聞きしているのだから、あなたたちは幸いだ、そういう意味でイエス様は仰っておられます。
今日のこの聖書箇所を読んで、皆さまは何を思われるでありましょうか。これはイエス様の時代の話です。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ」とイエス様は言われますが、では、現代、この2024年の新年にあたって、わたしたちがいま見ている世界は幸せでしょうか。神の国が来ているのでしょうか。全くそうは思えない、と言わざるをえない現実があります。
今日、わたしたちが生きている世界はどんな世界でありましょうか。いま、世界は戦争の苦しみに直面しています。ロシアとウクライナ。イスラエルとハマス。その他にも、世界各国にたくさんの戦争・紛争・様々な対立があります。その世界の緊張の終わりは見えません。東アジアでは、中国、北朝鮮、韓国、日本、香港、台湾、ロシア、東南アジアの各国。そのどの国にも深い関係があるアメリカ。こうして国や地域の名前を挙げるだけで様々な対立を思い起こします。
今の時代とはどんな時代でしょうか。旧約聖書にある「伝道の書」、新共同訳では「コヘレトの言葉」ですが、その1章9節にこんな言葉があります。「かつてあったことは、これからもあり、かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下(もと)、新しいものは何ひとつない。見よ、これこそ新しい、と言ってみても/それもまた永遠の昔からあり/この時代の前にもあった。」
ここには、本当の意味で全く新しいことというのは、世の中には存在しないということが言われてます。これは新しいことだ、と人間が言ってることでも、それは実は以前からあったのだということです。その通りで、戦争は繰り返し起こります。ロシア、ウクライナ、イスラエル、パレスチナだけではありません。かつての日本の戦争と植民地支配。アメリカ・ヨーロッパの戦争と植民地支配など。世界には悲しく恐ろしい戦争が繰り返されています。
「かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下(もと)、新しいものは何ひとつない」。
この言葉は単なる人生訓ではなくて、深い絶望の言葉であるとわたしは思います。虚無の中にいる人間の深いつぶやきの言葉です。虚無、それは空っぽということです。この世界の戦争や抑圧や差別や災害などで心が空っぽになるなら、わたしたちはどうすればいいのでしょうか。
この、心が空っぽ、ということを考えるときに、わたしはふと思い出すことがあります。それは2011年3月11日、東日本大震災が起こったときのことです。その日、わたしはパソコンを見ていて、偶然、インターネットのニュースを見ていて、東日本大震災の発生を知りました。パソコンの画面には、阪神淡路大震災のときと同じ、あるいはそれ以上の被害が東北の広い地域に生じている、という知らせでした。その瞬間からわたしの心が空っぽになったのです。
それは、わたしがそのニュースを見て、すぐに阪神淡路大震災のときのことを思い起こしたからです。1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災。その前の年まで神戸三宮にある教会に住んでいたわたしは、震災当時は愛媛県にいましたが1ヶ月後に被災地にボランティアで来ました。そのときのすさまじい現地の様子が、東日本大震災の第一報を聞いたときによみがえりました。また、あれと同じことが起こるのか、という絶望がわたしの心を虚無で満たしました。その虚無は、一瞬にしてわたしの心を完全に支配したのでした。わたしは何もできない、という虚無です。
その、東日本大震災のニュースによってわたしの心が虚無に満たされていた、13年前の3月上旬。ちょうどそれと同じ時期のある日に、わたしはそれとは全く関係がない突然の知らせを受けました。これは、ごく個人的なことですが、わたしの友人の息子さんが大学の志望校に、苦労して合格した、という知らせでした。3月上旬という時期はそういう時期です。合格した彼の母親は難しい病気を患っていました。その病気のために人とぶつかり、家族とぶつかり、医者ともぶつかって、大変な時期を過ごし続けました。
そのなかで、息子さんが、母親の様子を見て、食べ物の研究をしたいと考えたそうです。そして食べ物に関係がある農学部を目指して勉強し、一生懸命に勉強して現役で合格したのです。その知らせは本当に、当人やご家族にとっての人生の大きな喜びであり、その母親の友人であるわたしにとっても素晴らしい、うれしい知らせでした。
このとき、一方では東北、東日本の地域社会が壊滅するほどの悲惨な出来事が起こっているある1日において、その一方では、今までの苦労が報われたご家族の喜びの一日がありました。全く違う事柄ですが、それらはどちらも、ある同じ一日の中で起こっている出来事でした。わたしは思いました。喜びも、悲しみも、どちらも同じ一日の中で起こり、同じ一日の中で、その知らせがわたしにやってくる。わたしは、いま、喜んだらいいのか、悲しんだらいいのか。
いま、わたしは次のように思います。喜びも、悲しみも、そのどちらもが、わたしの一日の中にあるのだと。そして、わたしは今、この一日をどう生きるかが神様から問われているのだと。
いま、わたしたちは新年2024年という新しい年を礼拝をもって始めています。わたしは、この新年最初の礼拝の説教の題を、「それでも、日を生きる」といたしました。日とは、一日のことです。それは、いまのこの虚無の時代、心が空っぽにされていく時代の中で、苦しむ人も喜ぶ人も、共にこの同じ一日を生きている仲間として、一緒に生きていきたいと思うからです。
日を生きる、それは、太陽の歩みに寄り添って生きる、つまり自然の時間に従って生きることです。そしてまた、天から自分に与えられている時間に従って生きることです。ある一日に,神様から与えられた時間の中で、わたしたちはたくさんのことに出会います。それは、以前の時代の人たちは見たいと思っても見ることができなかったことです。いや、以前の時代の人たちだけでなく、昨日の自分自身ですら、今日の自分を見ることはできませんでした。日を生きる、ということは、昨日の自分が知らなかった自分を生きるということです。
その新しい自分とはどんな自分であるのでしょう。それは、もしかしたら、新しい悲しみの中にいる自分かもしれません。あるいは、新しい喜びの中にいる自分かもしれません。絶望と希望のその両極端の間を揺れながら、ときにはその両方を同じある一日の中で味わうのかもしれません。それでも、わたしたちは,一日を生きるということをやめてはなりません。
ヨハネによる福音書12章35節以降には、次のようなイエス様の言葉が記されています。
「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこに行くか分からない。光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」
日を生きる、一日を生きる、ということは、光のある間に生きるということです。それは闇に追いつかれないように生きることです。闇に追いつかれたならば、わたしたちの心は空っぽにされてしまいます。すべてのことはどうせ闇の中に葬られるのだから、何をしてもムダだと、闇がささやくのです。わたしたちは、そのような闇に追いつかれてはいけません。そのために、苦しいけれども、日を生きる。一日を生きるのです。
東日本大震災が起こったあと、わたしは現地にボランティアに行くことができませんでした。それはわたしに特有な身体の事情があって、行きたかったのですが、どうしてもボランティアに行く決断ができなかったのです。しかし、ちょうどその時期、わたしは京都南部地区の総会で地区の幹事に選ばれていました。そこから、わたしは初めて出席した地区常任委員会で提案し、「東日本大震災を心に刻み、共に祈る集い」を地区で開催することができました。
そのとき、京都南部地区の青年たちが仙台へボランティアに行って帰ってきていました。その地区の祈りの集いにおいては、まず学生たちが映像で現地のことを伝えてくれました。そして、そのあとに、参加した人たちで全員、二人ひと組になってそれぞれに祈ることにしました。
そのとき、司会のわたしはこう言いました。
「今から、被災地の人たちを覚えて、共に祈りたいと思います。けれども、震災の被害があまりにも大きすぎて、何を祈ったらいいかわからない、言葉にならない、という方もはおられるかもしれません。その方は、こう祈ってみてください。「被災地の人たちの夢がかないますように」と。そう祈ってください。被災地の人たちが、いま、夢なんて見られない人たちが無数におられます。けれども、神様は、被災地の人たちの夢をかなえてくださる方です。そのことを信じて祈りましょう。」
あのとき、わたしは、震災のすさまじい現実を前にして、言葉を失っていました。その現地にボランティアで行くことすらできない、弱い人間でした。しかし、わたしは信じていました。現実は本当に悲惨だ。けれども、その悲惨な日と同じ日の中で、自分の夢がかなう人もいる。どちらも、同じ一日のなかで起こることだと。その悲惨を味わうことも、夢を見ることも、どちらも、わたしたちは同じ一日の中で経験する。ならば、わたしたちはそのどちらも大事にしたいと。
だから、あのとき、わたしたちは地区の会において、被災地の人たちの夢がかないますように、という祈りを献げました。あれから13年が経ちます。いまも被災地では生きるための闘いが続いています。そして、京都南部地区も毎年、この新年合同讃美礼拝の献金を東北教区、奥羽教区に献げてきました。被災地に連帯するという闘いはいまもこの京都でも続いているのです。
「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることはできず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」
これは、イエス様の時代だけではなく、いまわたしたちが生きている世界の中で働く、神の国の新しい働きについても言われているのです。阪神淡路大震災。東日本大震災。福島原発事故。そして世界で続く様々な戦争、紛争。政治的・社会的抑圧。様々な差別。環境問題。ほかにもたくさんの悲惨な現実があります。しかし、その中で脈々と命をつなぎ、果てしない夢を見る人たちがおられます。そしてこれからも、新しく、神の国の働きの担い手が生まれます。
そこに、イエス様が言われた、神の国の宣教、そこにつながる働きがあります。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ」と言われる働きが、悲惨な現実の中でも夢を見るという形で存在しているのです。
わたしたちは、現実の世界を見て、繰り返し失望します。そんなわたしたちにとって大切なのは、まず自分自身に与えられた一日を大事にして、人間らしく生きていくことです。その一日の生活の中でこそ、わたしたちの心は耕され、そして自分自身の心が外に向かって開かれていきます。
なぜなら、毎日の生活には様々なことがあり、悲しいこともうれしいことも、両方が起こるからです。その両方を通じて神様はわたしたちに、今日一日をどう生きるかを導いて下さいます。そして、与えられた一日を自分が新しく生きていくことと、他の人が今日一日を新しく生きていくこと、この二つをつなげていくことができるのです。神様の不思議なお導きによって。
お祈りをいたします。
神様、この2024年を世界のすべての人たちと共に、みんなで良い年にできますように。あらゆる戦争がただちに終わりますように。地にあまねく平和が来たりますように。クリスマスにわたしたちの世界に与えられた、主イエス・キリストを希望とします。弱き者一人ひとりが救われますように。この祈りを主イエス・キリストの御名を通して、御前にお献げいたします。アーメン。
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2024年1月7日(日) 京北教会 新年礼拝説教 今井牧夫
「人の知恵を休ませて」
聖書 マタイによる福音書 11章25〜30節(新共同訳)
そのとき、イエスはこう言われた。
「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。
これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、
幼子のような者にお示しになられました。
そうです、父よ、
これは御心に適うことでした。
すべてのことは、
父からわたしに任せられています。
父のほかに子を知る者はなく、
子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。
疲れた者、
重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから、
わたしの軛(くびき)を負い、
わたしに学びなさい。
そうすれば、
あなたがたは安らぎを得られる。
わたしの軛は負いやすく、
わたしの荷は軽いからである。」
(上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
改行などの文章配置を説教者が変えています。
新共同訳聖書の著作権は日本聖書協会にあります)
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(以下、礼拝説教)
新年2024年を迎えて初めての日曜日の礼拝となりました。この一年を始める礼拝にあたって選ばせていただいた聖書箇所は、マタイによる福音書11章25節からであります。
ここには「疲れた者、重荷を負うものはだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」というイエス様の言葉があります。聖書の言葉として比較的知られている言葉ではないかと思います。
重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。新年最初の礼拝の日に、神様の前に集いましたわたしたちは、聖書からこの言葉をいただきました。新年早々、わたしたちは疲れているのだろうか、と疑問に思われる方もあるかもしれません。
しかし、今日の箇所の言葉を1月1日に起こった能登半島地震、その惨状をニュースでこの一週間間見続けてきたわたしたちには、この言葉が神様からの一つのメッセージとなると思うのであります。
新しい年を迎えた日、元旦の日、心がどこかそわそわする、何か晴れがましいような気がします。元旦というのは不思議な日です。その日に特別に何かが起こる、ということがなくても、何か新しい年なのだ、新しいことが始まるのだ、そういう思いがして、見るもの聞くものが何か、つい昨日の2023年とは違うような気がしています。
朝日がのぼり、いつもと同じように一日が始まっていく中で、この日は新しい年の始まりなのだ、と思うときに、少し外に出て散歩したり、まちの景色を見たり、山を見たり空を見たりするときに、新しい年が来たのだ、ということを思いながら見ると、何か違って見える。そういう経験を皆様もしておられるのではないでしょうか。
そのような中で、何か晴れがましい思いで新しい年を迎え、そして、これからの一年がどんなになるのかと考えたときに、もちろん世界で起こっている状況はわたしたちの頭の中に入っていますから、いつまでも終わらない悲惨な戦争、いろんな自然災害、世界のいろんな様子、日本社会のいろんな問題、いろんなことがこの胸の内を走ります。
しかしながら、それでもわたしたちは新しく生きていこう、そういう思いに皆様もなっておられたのではないかと思います。その中で、能登半島地震が起こりました。本当に、なぜ今このときに、と思わざるを得ないようなタイミングで地震が起こりました。それから一週間、その状況を皆さんはニュースなどでよくご存知のことであると思います。
日本基督教団の教会・伝道所が能登半島には、三つの教会と一つの伝道所があり、それぞれに被害を受けています。教会の建物が大破した教会もあります。また、教会は無事でしたが地域が大変なことになって教会と共にある幼稚園が地域の避難所になり、100名ほどの人が集った、そういう話もあります。教会も幼稚園も、そして地域も大変な目にあっている、その中にあって新しい年が出発しています。
今日の聖書箇所には、この言葉があります。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」地震の中で傷つき、疲れ果てた方たちも、イエス様によって休ませていただけるのでありましょうか。神様は、そのことをどうやってなしてくださるのでしょうか。
そんな思いを持ちながら、今日の聖書箇所全体を読んでいきます。25節。
「そのときイエスはこう言われた。天地の主である父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました」とあります。
そのとき、という言葉で始まっています。それは、どういうときかというと、今日の箇所の前にある所、それは洗礼者ヨハネについてイエス様が語っておられる場面であります。洗礼者ヨハネが、罪からの悔い改めを人々に説教したけれども、その言葉を聞かなかったという人たちのことも語られています。
つまり、今日の箇所の前の所には、神様からの言葉を受け入れない、人間社会の現実のありさま、つまり、人間の罪の姿というものが、イエス様の言葉で記されているのであります。人間は罪深いのです。神様からメッセージが与えられても、それを受け止めるのではなく、それを拒否する。そして、そのことによって、自らの罪が引き起こす様々な形での罪の現れによって、人間は自ら苦しみ、滅ぼされていくのであります。そのような現実があるということを語られたのちに、イエス様は今日の箇所の言葉を語っておられます。
「天地の主である父よ。あなたをほめたえます。これらのことを、知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。」
ここには、物事をよく知っているはずの人間、知恵ある者、賢い者、そうした者には、人間の本当の存在、罪ある者、人間の罪というものがある、そのことが隠されている、ということが言われています。人間の賢さというものの限界、それをわたしたちは、自然災害に出会う時に本当に心から思います。また、いろいろな大きな問題、いろいろな事故、いろいろなことに出会う時に、本当に人間の小ささというものを感じます。
そして、そのたびに思うのです。人間は科学的な考え方を持ち、様々な技術によっていろいろなものを手に入れて、世界のいろいろなことを解明してきた。しかしそれでも、人間は人間を救うことができない、というその現実に出会います。
元旦の日、能登半島地震が起こった日、その夜中にこんなニュースが出ました。同じ能登半島でもう一度、夜に震度7の地震が起こりました。そのニュースを見た時にわたしは本当に驚きました。何ということが起こるのか、信じられないと。しかし、しばらくの時間が経った後にそれは誤りでした、というニュースが流れました。もちろん誤りであって良かったのでありますけれども、これだけ科学技術が進んでも、これだけ社会が大変なことになっていても、それでもこんなに大きな、誤ったニュースが流れるのだと思いました。
そんな誤りをした人たちを責めているのではありません。そうではなくて、人間といういうのはそういう存在なんだ、と思わされる出来事でありました。人間の賢さによって人間は人間を救うことはできない。
神様が、わたしたちに与えてくださるメッセージというものも、そういう性質を持っています。それは、賢さによってこの世を救う、というものではないのです。神様からの知恵というものは、知恵ある者や賢い者には隠されていて、幼子のような者に示されることなのであります。
26節にはこうあります。
「そうです。父よ、これは御心にかなうことでした。全てのことは父からわたしに任せられています。父のほかに知る者はなく、子と子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。」
ここには、父なる神様、天におられるイエス様の父なる神様のことですね、そして、神の子であるイエス様、そして子が示そうと思う者、すなわち、主イエス・キリストを通して神様の御心を知る者たちのほかには、父なる神様を知る者はいない、と言われています。
ここには、神様とイエス様の特別な関係、父と子というその深い関係があること、そして、その深い関係から始まって主イエス・キリストを通して、父なる神様の恵み、知恵の働きというものが、この世界に広がっていく、そうしたことが書かれています。
それは一体どういう理屈なのでありましょうか。わたしたちが生きている世界にあって、その科学的な世界観、ということで考えるならば、一体どこにそんな、父なる神様とかイエス様とか福音とか、そんなことが出てくるのでしょうか。
それは科学的世界観の中には、どこにも出てこないことであります。それはつまり、人間の知恵として把握できることではないのです。それは、知恵ある者には隠されていて、幼子のような者に示されていることなのです。
では、幼子のような者とはどういう存在でありましょうか。単純に幼児、小さな子ども、そう考えることができます。それは間違ってはいません。小さな子どもたち、幼な子たちは、大人の知恵によって、この世界を理解したり把握したり、語ったりすることができません。幼な子たちはありのままにこの世界を受け止め、自分が何もできない、というその弱さの実感のもとで生きています。
大きなものに頼らなくては生きていけない、その実感の中で幼な子は生きています。幼な子にとっては、この世界というものがどういうふうにできているか、ということが一番大切なのではなくて、この世界にあってだれが自分と出会ってくれるのか、ということが一番大切なのであります。
この世界が、どういう風にできているか、という大人の理屈、大人が解明しようとしている理屈は幼な子には関係がないのです。そうではなくて、だれが自分に出会ってくれるのか、ということこそが一番大事なことなのです。
このわたしに出会ってくれるのは、だれ。お父さん、お母さん、きょうだい、近所の人、幼稚園の人、保育園の人。だれが自分と出会ってくれるのはだれか。それが根本的な問いなのであります。そして、その問いのもとで神様に出会っていくのであります。
それは実は、実際の幼な子、小さな子どもというだけではなくて、あらゆる年齢の方、あらゆる世代の方が実は同じなのですね。だれでも神様の前ではみんなそうなのです。神様の前では、だれしもが幼な子なのです。
この世界はどんなふうにできているのか。神というものがもしいるならば、それはこの世界でどんな役割を果たしているのか。そんなふうに科学的世界観で、この世界を把握しようとし、あるいは宗教とはなんぞや、宗教はどんな役割を果たしているのか、心理学的にはどうか、社会学的にはどうか、人類学的にはどうか、と考えて研究し、把握しようとする、知恵ある者、賢い者に対しては、神様からの知恵はしばしば隠されているのであります。
神様からのメッセージは、それを本当に必要としている者に届くのです。この世界がどうであるか、ではない、だれが自分に出会ってくれるのか。そのことによって自分の人生が決まってくることを幼な子は知っています。それは、自分が無力であるということを知っている者だからです。そして、そのことは大人も同じであります。
28節でこう言われます。
疲れた者、重荷を負う者はだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛(くびき)を負い、わたしに学びなさい。そうすればあなた方は安らぎを得られる。わたしのくきは追いやすくわたしの荷は軽いからである。」
こういう言葉でイエス様は、わたしたち一人一人に出会ってくださいました。ここの言葉の中に出てくる軛(くびき)というものは、わたしたちの普段の生活の中で使わない言葉です。これは何かというと、畑を耕すために使われる二頭の牛に、木でできた板で牛の首をつなぐ、そういう道具であるということであります。牛が逃げないように二頭をそろえて畑を耕させる。そのために作られたものであります。
そうしたものが軛(くびき)であると。それはもちろん、人間の立場から言えば、人間に軛というのは、何かそれは自分にとっての重荷であり自分を制約し、自分を仕事や生活に縛りつける物、そういうイメージがされるだろうと思います。
しかし今日の箇所において「わたしの軛」とイエス様がおっしゃるときに、その軛というのは、生きることの苦痛としての軛ではない物になっています。ここで言われている軛という言葉は、たとえば「きずな」という言葉に言い換えてもよいのです。
わたしたちはイエス様のきずなを負い、イエス様に学ぶ。イエス様のきずなは負いやすく、イエス様の荷は軽い。このように理解することができます。それは、イエス様との結びつきということを言っているのです。
この時代、この社会の中を生きるわたしたちが、生きることの苦しみである軛につがれているときに、この世の軛につながれるのではなくて、イエス様のきずなを負うことによって、わたしたちは休ませていただけるのであります。
それは、人間という存在が自分の死という軛、あらゆる軛、あらゆるものから解き放たれて、そして新たに自分自身がイエス様と共に歩む、ということを選んで、そのイエス様とのきずなを選択していく。そして、生きるということであります。
旧約聖書の創世記に次のような話があります。アブラハムという人がいました。アブラハムにはイサクという子どもがいました。ある日神様は、アブラハムに対してそのイサクを神様に対するいけにえとして献げるようにと命じます。なんというひどいことでありましょうか。
愛するたった一人の子どもを神様に献げよ、と神が命じるのであります。その理由も何も示されません。ただ神様からの一方的な指示でありました。そのことを聞いてアブラハムは答える言葉を見つけることができません。しかしアブラハムは、自分の子どもイサクを連れて、いけにえを献げるために山に登っていきます。
そこでイサクがアブラハムに問います。「お父さん、神様に献げるいけにえの動物はどこにいるの」と。アブラハムは答えます。「それは神様が備えてくださる。」神様の理不尽な指示によってアブラハムは胸がつぶれる思いで、我が子イサクと共に山に登りました。そして、まさにイサクを献げ物として屠(ほふ)ろうとするときに、神様の御使いの手がアブラハムを止めました。そして、アブラハムもイサクもそのとき救われたのであります。
ここで、なぜ愛する者の命を神様に献げなくてはならないのか、という全く理解できない理屈というものが神様のメッセージの中に含まれています。そのメッセージを受け入れることが到底できない中にあって、そのメッセージを受け入れて歩む時に新たな道が開けてきます。
そのときから、イサクというアブラハムの子どもは、単なるイサクではなくて、神様から与えていただいたイサク、神様から返していただいたイサクとして、神の恵みそのものとなりました。同じイサクという一人の息子の持つ意味が全く変わったのであります。
そこには、命というものが持っている意味の転換ということがあります。神様のメッセージを聞いていくときには、本当には理解できないような、この恐ろしい社会の現実の中にあって現実の苦しみの中にある神様の御心というものを探していく、その中で、この現実の意味が転換していく。
神様のメッセージというのは、そういう所にも現れます。能登半島地震で被災された、たくさんの方々がおられます。今もまだ救出されていない方々がおられます。生き埋めになっている方々がおられる、その本当に胸が潰れそうな現実があります。
その一方で、その人たちを救出しようと作業している方々もまた、ご自分の命をかけて、その作業をしている、その現実にも、わたしたちは目を向けたいと思うのであります。
もう一度、震度7の地震が起こったらまた崩れてしまう、その中で救出作業をするのは命のためでありますが、しかし同時に、また地震が起これば、事故が起こればは、そこで働く方々の命はもしかしたら失われてしまうかもしれない。しかし、その中で命の危険に触れながらそこで作業しなければ、いま苦しんでいる命を救うことができない。その矛盾の中で作業してくださっている現地の方々がたくさんおられます。
そうした働きの中にあって、一人また一人と命が救われていくのであります。今日の聖書の箇所において、「疲れた者、重荷を負う者はだれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」と言われるときに、それは何となく、イエス様の所に行ったら、だらんとして何もしなくてよくて、ああ良かったと過ごせるような、そういうお休みということが言われてるのではないのではと思うのです。
それはイサクを犠牲として献げるために山に行き、そして、その場において神様によって救われて解放された、そのように神様とのきずなというものを何よりも大切にして、それを負い、そのきずなによって生きるときに、自らの大切にしているものもまた献げ尽くす、そうしたことをも思いながらイエス様に従う時に、わたしたちはイエス様によって休ませていただける、様々なこの世の軛(くびき)から解放され、本当の意味で休ませていただけるのであります。
人間の知恵、それはつまり合理性ということだとわたしは思うのですね。合理的であるかどうか、科学的であるかどうか、そうしたことを人間は問います。けれどもその合理性に従って全てを判断していこうとするときに、どうしても解決のできない矛盾が現れます。
今苦しんでる人の命を救うことと、その命を救うために向かう人の命と、どちらが大切なのかということを考えた時に、そこには合理性では判断できない領域というものがあります。その中にあってわたしたちは、まことの命というものを、どうやって、つかみとっていくのでありましょうか。それは人間にはできないことなのです。
それは、神様から与えられる、という形でしかできない。そして、そのことが理解できるのは、いろんな知恵に頭がいっぱいになっている大人ではなく、だれが自分と出会ってくれるのか、そのことを一番大事にしている幼な子のような存在なのであります。
災害の中で、何もできなくなっている人たち、一人ひとりがまさに幼な子のように、救いを待っておられます。そして、その救いを待つ声に応えていく人たちもまた、一人ひとりが神様の前で幼な子のようになって用いられていきます。
わたしたちが神様によって招かれ、救われ、休ませていただける、ということは、ただ何もなくぼんやりしていることではなく、まさにこの世の現実の中にあって、アブラハムとイサクが経験したような、そんな救いを経験する、そういうことなのであります。
一言お祈りをいたします。
天の神様。わたしたちが日々負えない重荷を負うて生きている中、この世の中には戦争や地震や本当に耐えられないことが起こります。そして、また、わたしたちが生きる日常生活の中において、家族の中にも、友人の中にも、自分の仕事の中にも、耐えられないような現実が起こり、わたしたちは世の中に放り出されたようにもなります。その中にあって、もう一度幼な子のように、神様と出会っていくことができますように。そして、その中にあって、これからを生きる力が与えられますように心から願います。この新年2024年の始まりは、能登半島地震という本当に大きな試練によって始まりました。そのことを通して、わたしたちが神様の恵みということを願い、祈り続け、そして苦しむ方々と連帯し、わたしたち自身もなすべきことをしていくことができますように。そして、一人ひとりの新年の生活が豊かに祝福されていきますように。そのことを、この2024年の始まりにあたり神様に心よりお祈りを申し上げます。
この祈りを、主イエスキリストの御名を通して御前にお献げいたします。アーメン。
2024年1月14日(日)礼拝説教 今井牧夫
「イエス様との確信」
聖書 テサロニケの信徒への手紙一 1章5〜10節(新共同訳)
わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、
ただ言葉だけによらず、
力と、聖霊と、強い確信とによったからです。
わたしたちがあなたがたのところで、
どのようにあなたがたのために働いたかは、
御承知の通りです。
そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、
聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、
わたしたちに倣(なら)う者、
そして主に倣う者となり、
マケドニア週とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。
主の言葉があなたがたのところから出て、
マケドニア州やアカイオ州に響き渡ったばかりでなく、
神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、
何も付け加えて言う必要はないほどです。
彼ら自身がわたしたちについて言い広めているからです。
すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、
また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、
生けるまことの神に仕えるようになったか、
更にまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。
この御子こそ、
神が死者の中から復活させた方で、
来(きた)るべき怒りからわたしたちを救ってくださるイエスです。
(上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
改行などの文章配置を説教者が変えています。
新共同訳聖書の著作権は日本聖書協会にあります)
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(以下、礼拝説教)
毎週の礼拝で福音書、パウロの手紙、旧約聖書、その三つの部分から選んで、毎週順番に読んでいく形にしています。本日の箇所は、使徒パウロの手紙であるテサロニケの信徒への手紙一であります。今まで読んできたガラテヤの信徒への手紙を終えて、新しくこの箇所に入ってまいります。
この「テサロニケの信徒への手紙一」は、地中海沿岸にあるテサロニケという町の教会の人たちに向けて、使徒パウロが書いた手紙であります。そして、この手紙は新約聖書に納められている27の文書の中で、最も古い文書と考えられています。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書が書かれたよりも早く、紀元50年代に書かれたと考えられています。手紙の中に記されている事柄から推測して、聖書学者はそのように考えています。
すると、このテサロニケの信徒への手紙というのは、イエス様が十字架に架けられて死なれ、そして復活なされ、そして天に挙げられた、それが紀元30年ぐらいのこととして、その後20年ぐらい経った時に書かれている手紙、つまり最もイエス様のおられた時代に近い時点で書かれている文書であります。
では この手紙には何が書かれているのでありましょうか。1章1節には、簡単な挨拶が書かれています。手紙においてはこれはおそらく型通りの書き方であります。定型句でこうした挨拶の言葉が書かれています。パウロたちからの手紙であることが書かれています。
そして2節以降、新共同訳聖書では「主にならう者」という小見出しが付けられており、ここから手紙の本文に入ります。こうした小見出しは元々の聖書にはありません。元々のこの手紙の言葉にはなく、新共同訳聖書が作られたときに、読み手の便宜を図って付けられたものであります。
本文に入るとパウロは次のように書き出します。「私たちは祈り のたびにあなた方のことを思い起こしてあなた方一動のことをいつも神に感謝して います。あなた方が信仰によという働き愛のために老しまた私たちの主イエスキリスト に対する希望も忍耐していること私たちは絶え父である神の見舞で心に止めているの です。神に愛されている兄弟たちあなた方が神から選ばれたことを私たちは知といういます。」
このようにしてパウロはテサロニケの教会の人たちのことを覚えて、感謝をし、そして自分たち、パウロたちがいかにこのテサロニケの人たちのことを思っているか、ということをまず書いています。
そのあと5節から、ここからが今日の礼拝で朗読した聖書箇所でありますが、そこに入っていきます。「わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによったからです」とあります。
これは今日の聖書の箇所の中で、とても大事なところであります。ここで言われている「わたしたちの福音」とは、主イエス・キリストの福音ということであり、福音というのは、良き知らせ、良い知らせ、そういう意味の言葉なんですね。それは何かと言うと、「神の国は近づいた」ということなのです。
神様の恵みが満ち満ちている神の国が、このわたしたちが生きている、今のこの世界の中に近づいた。それは、この世界から離れた所に近づいてきた、というのではなくて、この世界の中に、もう入って来ている。
その神の国があなたがたの所に近づいている。そして、 その「神の国」の中をあなたがたは生きることができる、イエス様の言葉を通して、神様の言葉を通して、すでに神の国はあなたがたの所に来ている。
その信仰というものが、この「良き知らせ」、福音ということなのですね。だから今までの、神の国が来ていなかった世界ではなくて、神の国がもうすでにあなたの心の中、そしてあなたの生活の中に来ています。その時代を今から皆さんも生きるんですよ、という、この本当に大きなニュースです。
この新しい良き知らせというものが、このパウロや様々な伝道者の言葉を通して、このとき地中海沿岸、またパレスチナ、また当時の様々な世界に伝えられていったわけであります。
その福音が伝えられるということが、今日の箇所の5節にあるように「ただ言葉だけによらず力と聖霊と強い確信とによった」と書かれてあります。言葉だけによらず、ということの意味は、単に書かれた文字とか口で発する言葉、あるいは理屈によらないということです。
言葉で表現できる理屈とか、言葉、文章、文字、そういったものだけによらないで、力と聖霊と強い確信、この三つによった、ということが書いてあります。
それは、その言葉というものはもちろん大事なものなんですけれども、その言葉の中身というのは何か。その言葉の中身を支えるものは何かというと、力と聖霊と強い確信である、とパウロは言っているわけであります。
力というのは、これは実際のこと、という意味ですね。実際に起こることがあったわけです。そして聖霊、これは目に見えない神様の霊であり、神様ご自身ということであります。人間の知恵でやっているのではなくて神様ご自身がいてくださる。そして、強い確信。これは、信じているということですね。神の国が到来したことを本当に信じている。それは単に今だけのことではなくて、将来に渡って神様が私たちを導いて下さる、という強い確信。
この力と聖霊と強い確信、この三つによったから、イエス・キリストの福音がこのテサロニケの町の人たちに伝わったのだ、とパウロは言っているわけであります。
そのあと、こう続きます。
「わたしたちがあなたがたのところで、どのようにあなたがたのために働いたかは、ご承知の通りです。そして、あなた方はひどい苦しみの中で喜びもって聖霊による御言葉を受け入れ、わたしたちに倣(なら)う者、そして主に倣う者となり、マケドニア州とアカイア州にいる全ての信者の模範になるに至ったのです。」
ここでは、伝道者であるパウロたちがどんな働きをしたかという、その具体的なことは一つも書い てありませんけれども、一生懸命に伝道したこと、そしてテサロニケの町の人たちと交わりを持って、良い関係を持って、みんなと一緒に神様に感謝し、そしてテサロニケの町でイエス・キリストを主と信じる人たちが生み出されていった、そしてその人たちがほかの地域のクリスチャンの人たちの模範となるに至った、ということを言っているのです。
8節ではこう言います。
「主の言葉があなたがのところから出てマケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。」
もうこれは、絶賛ということですね。テサロニケの皆さんが非常に素晴らしい働きをして下さっていると。このときパウロは巡回伝道者でしたから、一つのところにずっと留まるのではなくて、各地を回っていました。それでパウロがいなくなっても、テサロニケの教会の人たちは自分たちで伝道していた。そのことによって主イエス・キリストの福音が各地に伝わったというのですね。
そして9節ではこう言います。
「彼ら自身がわたしたちについて言っているからです。すなわち、わたしたちがあなたがたのところでどのように迎えられたか、また、あなたがたがどのように偶像から離れて神に立ち帰り、生きる真の神に仕えるようになったか、さらにまた、どのように御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを。」
テサロニケの町の教会の人たち自身が、ほかの人たちに向けて宣べ伝えているのだ、そういう伝道をしているのだ、ということをパウロは言ってるのですね。
そして、最後にこう言います。
「この御子こそ、神が死者の中から復活させた方で、来るべき怒りからわたしたちを救い出してくださるイエスです。」
パウロは、ここでテサロニケの人たちのことを思い、そして絶賛し、その言葉の締めくくりには、その中心におられるのはまさにイエス様なのだ、ということを言っているわけです。これが今日の聖書箇所です。
今日の聖書箇所の終わりのほうに、「来るべき怒りからわたしたちを救って下さるイエス」という言葉があります。この「来たるべき怒り」というのは一体何を指しているのでしょうか。これは、この世界の終末ということを指しているのですね。
わたしたちが生きているこの世界というものは、いつか、その役割を果たし終える時が来る、そのときに新しい神の国がやってきて、この地上の世界が全て新しくされる。これが聖書の信仰なのです。けれども、そのときに、この世界の全てのことが裁かれるわけです。そして、あらゆる悪が滅ぼされます。そして、あらゆる人が神様の救いの前に立つことになる。
そうしたときに、この世の終わり、終末というものがやって来るわけです。このことは、たとえば 現代の世界の中では、世の終わりということが非常に恐ろしいこと、おどろおどろしい、ハルマゲドンとか、そうした言葉で言われる、ある種の新興宗教的な、と言ったらよいのでしょうか。この世界が大変なことになっていくというような、人々の不安をあおる、そうした恐怖ということではありません。
もちろん大変なことはあるにしても、それを超えて神様の国がこの地上に現れる、その素晴らしいときである、というのが聖書の信仰なのですね。世界の終末、そのときに神様の裁きというものが現れる。そのことを「来たるべき怒り」とここではパウロは表現しているのですね。
罪に満ちた人間の世界に、神様の怒りというものが、いつかやってくる。そして、このわたしたちの生きている世界を、神様が完全に作り替えてくださる。神の恵みに満ちた世界に作り替えてくださる。そうした世の終末がここでは前提とされています。
そして、このことが、テサロニケの信徒への手紙の全体の特徴なのです。それは先ほど申し上げましたように、新約聖書の中で、一番古くに書かれた文書である、つまりイエス様が天に挙げられて以降20年後ぐらいに書かれた、最も初期の時代の教会の人たちの考え方が、ここに現れているといういうことなのです。
それは具体的にどういうことかと言うと、世界の終末ということが、もう明日にでも本当に来るかもしれないという、そういう思いで信仰がなされているのですね。
これは現代に生きているわたしたちからすると、ちょっと不思議に思うかもしれません。けれども イエス様が天に挙げられてから20年後、まだまだイエス様についての実際の記憶が、一緒にいた弟子たちやいろんな人たちの中にはっきりと残っている時代に、そのイエス様の言葉を信じている人たちの所に、本当に世界の終末、それはイエス様が天からもう一度この世界に来てくださるときだ、と考えていたわけですね。
そのことは福音書にも書いてありますし、また使徒言行録にも書いてあります。もう一度、イエス様が来てくださる。世の救い主として。それが世の終末である。それがもう今日にでも来るかもしれない、明日にでも来るかもしれない。だから、その日を待ち望んで、自分たちは身を清めて神様の前で恥ずかしくない生活をして、その終末のときを迎えよう。そういう思いで信仰していたのですね。
当時の人たちは、テサロニケの教会の人たちを始め、そのような信仰を持っていたわけであります。そのような切迫した信仰、もうすぐにでも世の終わりがやってくるという、その緊張感。わたしなりにちょっと言葉を変えて言えば、それはワクワク感なんですね。
ワクワクしているのです。イエス様が来るんだよ! もう一度この世界に降りて来て下さるんだよ! そのときにわたしたちの、この生きている世界のあらゆる悲しみが全部いやされて、あらゆる苦しみから解放されて、この世の悪が全部滅ぼされて、わたしたちの罪が全部許されて、世界は全て神様の恵みに満ちた空間に変わるんだよ! ということが、ものすごく大きな恵みであり、希望であり、信仰であったわけなのですね。
そのような信仰は、現代に生きているわたしたちにとっては、ちょっと何かポカンとしてしまうような、不思議な考え方に見えると思います。いや、そんなこと本当に信じてたんですか、とか、いや、わたしはそこまで、そんなに終末を待望しようとは思いませんけど、というふうに、現代の日本社会に生きている人の多くは、そう思うのではないかな、とわたしは思うのですね。
わたし自身も、今の時代を生きている一人の人間として、まあ常識人として生きて行きたいとわたしは思っていますから、全くその通りなのです。けれども、その一方でですね、その終末の信仰というものは、決してそんなに突起なものでもないし、また何かいわゆる悪い意味での新興宗教的な、何かオカルト的なおかしなこと、というものでもない、ということはちょっと皆さんに理解をしていただきたいと思うのです。
それはどういうことかと言いますと、たとえば、いま本当にわたしたちが心を痛めているのが能登半島地震ですね。今までにも東日本大震災であったり、阪神淡路大震災であったり、また九州北部地震、熊本宮崎大分、そういう所であった地震など、たくさんの地震あるいは台風の水害など、いろんなことがありますね。そうした現実の中で生きる姿勢のことを考えてみます。
いま、能登半島では救援の人たちすら入ることができない地域があり、ヘリコプターもやってこないような中で、ライフラインが寸断されて、そこで生きておられる方々がたくさんおられます。本当に極限のような状態の中で、助けを待っておられる方がいて、そこに一刻も早く助けがほしいけれども、どうしてもそれができない道路事情や、いろいろなことがある。
この事情の中で、そこで被害を受けておられる方々に対して、どんな言葉をわたしたちがかけられるのだろうか、と考えたら、何の言葉もかけられないような気もするのでありますけれども、しかし、もし言えるとしたら、いや、きっと明日には救いはやってくるよ、ということをわたしたちは言いたいのではないでしょうか。
もう今日にでも、今すぐにでも、助けはやって来るよ、もうすぐ来るんだよ。そのことに何の根拠もなくたって、助けはきっと来るんですよ、すぐに来るんですよ、だから、それまで頑張りましょう。
人間の気持ちといういうのは、そういうものではないでしょうか。そのときにですね、じゃあ、その明日には助けが来るという、その来ることの根拠があるのですかと問うならどうでしょう。明日は無理じゃないですか、というのは冷たい言葉ですが、もしかしたら残酷な事実というのはそういうものなのかもしれませんね。
でも、そんな残酷な事実を言って何の意味があるのでしょうか。そんなことではなくて、いやもうすぐにでも来るんです、助けは。という、そのことを言うことによって、そのことを信じることによって、限界の状況でも人は生きていこうとします。お互いに助け合おうとします。信仰というものは、そういうものではないかな、とわたしは思うのですね。
本日のテサロニケの信徒への手紙の内容に現れている、来たるべき終末のこととか、あるいは、この初期のキリスト教会の人たちが信じて終末のこと、それはパウロたちが信じていた信仰であり、神の国がもう今すぐにでもやってくる、というその思いは決して突起なものでもなければ、オカルト的な奇妙なことでもないわけです。それは、この世界の中で罪の中で苦しんできている人間にとっては、本当に信仰であり、祈りであり、確信なのです。
当時の初代の教会、最初期の教会に、どういう人たちが集ったかといういうことの歴史的な研究が様々にあるのですが、その中の一つは、こういうことを言っています。当時の教会に集った多くの人たちは奴隷の身分の人たち、そういう人たちが多かったというのですね。経済的に破綻して、あるいは戦争で負けたなど、何らかの理由で奴隷にならざるを得なかった人たち。
その人たちが、いろんな地域から自分の生まれた場所を離れて奴隷となって生活をしていた。その中で、そういう人たちがどこかに自分たちの生きる希望を見つけようとして、そして教会というものに出会っていった。その奴隷の人たちにとっては、生まれた場所から離れて、何にもつながるところがない状況には生きていたのですね。
伝統的な宗教というものは、土地のつながりとか、民族のつながりというものを大事にします。しかし、そうしたものでは救われない奴隷の人たちが、どんな土地とか民族とか、今までの宗教とか、あるいは今までの生活習慣とか、そんなものに関わりなく、神様からの一方的な救いによって、目に見えない神様が救ってくださるのだと。
主イエス・キリストがまさにその救い主なんだ、というその言葉を聞いてですね、あ、ここにはわたしを救って下さる教えがある、というふうに、その奴隷の人たちが、そこに心を打たれて信じるようになった人たちが多かったというのであります。
そのときには、その奴隷の人たちが置かれている苦しい現実、なぜわたしたちはこんな苦しみに耐えなくてはいけないのか、という、その悲しみ、いろんな思いが、神の国が来れば全部それが変えられていくんだ、私たちは救われるんだ、と信じるのです。
そのときに、そうした信仰はもしかしたら、ちょっと物事を冷静に見てる第三者から見たら、そんなことになる根拠も何もないのに、なんでそんなこと信じるんですか、というふうに、ちょっと冷たい目で見ることはできたかもしれません。
しかし、イエス・キリストの福音に出会った人たちにとっては、いや、まさにそれが本当に自分たちが求めているものなのだ、そういう信仰だったのですね。
今日、現代日本社会に生きているわたしたちは、そうした、その当時の人たちの思いというものを、そのままに追体験する、同じように経験する、ということはできないわけです。
ですから、こうして聖書を読みながら、様々な聖書学とか歴史学の研究の助けを得ながらですね、聖書に書かれている言葉がどういう背景で書かれているか、とか、どんな思いで今までの時代のクリスチャンの皆さんは信仰していたのか、と考えます。
その中で、当時の人たちの信仰というのは、実は、この今の能登半島地震や、いろんなこの世界のあり方、戦争が起こったり、災害が起こったり、疫病が起こったりして苦しんでる世界の中にありました。
その中で、もうこんな世界は苦しくてたまらないよ、耐えられないよ、という、わたしたちの心が悲鳴をあげてる中にあって、いや、神の国が来るんだよ。だから、今日一日をしっかり生きようよ。という、その信仰は、やはり聖書が書かれた時代から2000年経った今でも生きている、とわたしは思うのですね。
そこにこそ、このテサロニケの信徒への手紙を読むことの意味があるのではないか、とわたしは感じるのです。
今日の箇所で、どの言葉が皆さんには一番の印象に残ったでしょうか。私は5節の言葉が印象に残りました。ここにはこう書いてあります。「わたしたちの福音があなた方に伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによったからです。」
そして、 その後にパウロは、自分たちが一生懸命働いたこととか、テサロニケ教会の人たちが一生懸命いろんな伝道をしていることなどを書いていますけれども、読んでいてもどかしいのは、具体的なことが何もここには書いてないことです。
具体的に何をしたとか、こんな言い方をしたとか、あんな伝道をしたとか、書いてくれていたら当時の実情が分かるのですけど、そういうことは何にも書いていない。ただ言葉だけによらず、力と聖霊と強い確信とによった、というふうに書いているだけです。
それは具体的にはどういうことなのだろうか、ということこそ、わたしたちは知りたいのですけれども、ここには書いてありませんね。聖書を読んでいて、ふと気になるのは、わたしたちが読んでいて一番知りたいと思うことが、実は聖書には書いていない、ということに気がつくときなのですね。
それでは、どうしたらいいのだろうか、ということを思うわけです。それで聖書全体のことを学ぶとか、いろんなことができるわけでありますけれども、言葉だけによらない、力と聖霊と強い確信とによって、キリスト教というものが世界中に広がっていくということが、たとえばわたしたちが生きている、この日本の国においてどういうときに起こったか、ということを考えると、ちょっと分かることがあるのですね。
一つは明治の頃です。新しい時代の文明開化、そしてキリスト教の伝道が解禁されてキリスト教が入ってきた、その時にものすごく力強い伝道の働きがなされたことがあります。
それから、もう一つは第二次世界大戦の終結後、日本の敗戦後、キリスト教ブームと呼ばれるようなことが一時期あった。どこの教会でも人があふれていた、特に青年たちが教会にあふれていた、そんな時代もあったということが記録に残っています。
そうした時代には、日本社会においても、このテサロニケの教会の人たちがしていたような伝道、つまりパウロが伝道し、その伝道を受けた人たちがまた神の国の福音を宣べ伝えていく、そんな力強い伝道熱心な、そして、それが本当に社会の中で広がっていく時代が本当にあったわけですね。
日本社会の歴史の中では、特筆できるのはその二つの時代でしょうか。それともう一つ、戦国時代です。それこそ織田信長とかの時代でありますけれども、その時代にも本当に驚くべきスピードでキリスト教の伝道がなされたことがありました。その三つの時代があるわけです。
その三つの時代に共通しているのは、社会が激変していく時なのですね。日本社会というものが、その日本以外の世界、戦国時代であればヨーロッパの文明、明治維新では欧米の文明、そして、世界大戦後の日本社会がアメリカの文明と触れて、その中で何らかの大きな変化をなしていかなければならない、という日本国内においてのものすごい葛藤の時代の中で、キリスト教の伝道といういうのは大きな力を発揮をいたします。
そこにおいては、社会変動ということと、信仰ということの関係がやはり現れています。けれども、その社会変動、つまりこの時代が大きく変わっていく中で、この新しい時代にふさわしく生きようと思った人たちがキリスト教を信仰する、という時代は確かにあったわけですけれども、しかし、その時代を過ぎるとその力は薄れていくのです。
別にクリスチャンにならなくたって、文明開化、新しい文明を受け入れることができる、新しい時代を生きることができると。西洋の文明を取り入れて生きたらいいんだ、和魂洋才でいいんだと。そうなっていくと、もう別にクリスチャンにならなくていいわけです。社会が変動する中で新しい時代を切り開こうという思いでキリスト教を信仰する、ということが少なくなっていく、というわけです。
では、その後の時代に伝道はどうなっていくか、というと、そうした社会変動ではなくて、自分の心の変動、自分の人生の変動の中にあって、新しい私になっていこう、このわたしにとっての新しい時代を生きていこう、という思いでキリスト教を信仰していく。そういう思いが与えられていく。そういうこともまた、キリスト教の伝道の大きな働きなのですね。
それで、いま申し上げた二つのこと、社会変動そして自分の心の変動、それは自分にとっての新しい時代ということ、そのどちらも大事なことなのですね。神様が創られたこの世界、この社会というものが、どんなふうに動いていくか。
この時代の変化の中でわたしたちはそれぞれに、自分の人生というものを考えていきます。その中にあって、社会の大きな変動だけではない、自分自身の心の中の小さな変動、その中にイエス・キリストが来てくださる、ということを知るときに、私たちは神様の大きな恵みである「神の国」というものが、まさにこのわたしの心の奥深くに到来している、ということを知るのですね。
その時に確信を持つことができるのです。キリスト教という宗教が、どれだけ素晴らしいかとか、どれだけ正しいかとか、そんなことを証明することはできません。分かりませんよ、そんなことは。
けれどもはわたしは、イエス様の言葉を聞いて、この言葉がうれしいと思ったとか、この言葉に光を感じたとか、この言葉を大事にしていこうと思った、そういうイエス様との間の1対1での確信を持つことができるのです。 それは、社会変動ではありません。そして、まあなんて言いますか、人に言えるようなほどでの、大きな自分の心の変動ということですらないかもしれません。それは、心の中の小さな小さなことかもしれません。
けれども、その小さな小さな、自分とイエス様との間の確信を持つことによって、わたしたちもまた、欠けが多いままでクリスチャンとされ、そして神様によって用いられていく。そういう大きな恵みにあずかるのではないでしょうか。
お祈りをいたします。
天の神様いつも私たち一人ひとりを守り導いて下さっていて、ありがとうございます。聖書に書いてあることが本当に自分から遠く思え、また、突拍子もないような、理解できないような事柄に思えても、しかし聖書の中には本当に人間の心といういうものが凝縮して、神様の言葉によって守られていることが記されています。そのことを教えられて感謝をいたします。どうか 能登半島で苦しんでいる人たちのところに一刻も早く救いが届きますように。また能登半島以外で生きているわたしたち全ての人が連帯し、祈り、支えてみんなで生きることができますように、守り導いて下さい。そして、わたしたち一人ひとりの心の中の、小さな小さな信仰も、また、信仰に至っていないという人も含めて、みんな自分の心に中にある神様の招き、救いというものを大事にして、イエス様との間で確信を持って歩んでいくことができますように、どうぞ導いてください。
この祈りを、感謝して主イエスキリストの御名を通して御前にお献げいたします。
アーメン。
「力には力なのか」今井牧夫
2024年1月21日(日)京北教会 礼拝説教
聖 書 出エジプト記 10章 21〜29節 (新共同訳)
主はモーセに言われた。
「手を天に向かって差し伸べ、エジプトの地に闇を望ませ、
人がそれを手に感じるほどにしなさい。」
モーセが手を天に向かって差し伸べると、
三日間エジプト全土に暗闇が臨んだ。
人々は、三日間、互いに見ることも、
自分のいる場所から立ち上がることもできなかったが、
イスラエルの人々が住んでいる所にはどこでも光があった。
ファラオがモーセを呼び寄せて、
「行って、主に仕えるがよい。
ただし、羊と牛は残しておけ。祭司は連れて行ってもよい」と言うと、
モーセは答えた。
「いいえ。あなた御自身からも、いけにえと焼き尽くす献げ物をいただいて、
我々の神、主にささげたいと思っています。
我々の家畜も連れて行き、ひづめ一つ残さないでしょう。
我々の神、主に仕えるためにその中から選ばねばなりません。
そこに着くまでは、我々自身どれをもって主に仕えるべきか、
分からないのですから。」
しかし、主がまたファラオの心をかたくなにされたので、
ファラオは彼らを去らせようとはしなかった。
ファラオが、
「引き下がれ。二度とわたしの前に姿を見せないよう気をつけよ。
今度会ったら、生かしてはおかない」と言うと、
モーセは答えた。
「よくぞ仰せになりました。二度とお会いしようとは思いません。」
(上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
改行などの文章配置を説教者が変えています。
新共同訳聖書の著作権は日本聖書協会にあります)
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(以下、礼拝説教)
毎週の礼拝で、福音書、パウロの手紙、旧約聖書。その三箇所から順番に毎週読んでいく形にしています。本日の聖書箇所は、旧約聖書の出エジプト記10章であります。
ここには「暗闇の災い」という小見出しがつけられています。こうした小見出しは新共同訳聖書が作られたときに、読み手の便宜を図ってつけられたもので元々の聖書の本文にはありません。
今日の聖書の箇所には何が書いてあるのでしょうか。今日の聖書箇所は、出エジプト記の中の大変長い物語の一部分であります。イスラエルの人たちが飢饉となり、食べるものがなくなってエジプトの地に移住することになります。そのことには、それまでの長い歴史がありました。
イスラエルの一番最初の部族である、アブラハムの部族の歴史です。アブラハム、イサク、ヤコブと続く、その部族においてヤコブの息子であるヨセフが、奴隷として売り飛ばされたエジプトにおいて取り立てられて、ヨセフは国の首相になり、そして飢饉で食べるものがなくなった元々の家族たちがエジプトにやってきたのを迎え入れた。そうした、非常に不思議な、くすしき神の御わざと言うしかないような形で、イスラエルの人たちはエジプトに移り住みました。
そしてその後イスラエルの人たちの人口がだんだんと増えていったときに、エジプトの王ファラオは、イスラエルの人たちに対して危険を感じて、重い奴隷労働を課して苦しめるようになった。そして、その苦しみの中でイスラエルの人たちが神様に叫び声をあげた。その叫び声を聞いて神様が、イスラエルの人たちをエジプトから脱出をさせてくださることになりました。
しかし、その脱出はすぐに行われたのではなく、繰り返し繰り返し、何度も何度も、チャレンジしてはうまくいかない、ということの繰り返しでありました。そのときに、神様がイスラエルのリーダーとして立てていたのはモーセという人でした。
モーセという人がエジプトの王ファラオと面談し、王が自分たちを解放すること、そのことを願いながら、しかし、エジプトのファラオはなかなか解放してくれません。その中で神様は、イスラエルの人たちを救い出すために、様々な災いをエジプトの地に与えました。
出エジプト記には、10回の違った災いを神様が与えられたことが順々に書いてあります。今日の聖書箇所には「暗闇の災い」と小見出しがあります。この暗闇の災いは9個目の災いなのですね。ほかにはイナゴの災いであったり、雹(ひょう)が降ってくるとか、これは聖書に全部書いてありますのでどうぞ見て下さい。自然現象の災い、疫病の災いなどです。
そうしたことを神様がもたらすことによって、エジプトの人たちが苦しみ、そのことによってエジプトのファラオは、自分たちの国がこんな目に会うのだったら困る、ということでイスラエルの人たちを一旦は解放しようとするのですが、また途中で心を変えて、それはやめた、やはりイスラエルの人たちをこのまま奴隷とし置いておく、そういう判断をします。
そのことが繰り返し、繰り返し続き、そしてその9個目の災いが今日の箇所です。この暗闇の災いであっても、ファラオは本当にイスラエルの人たちを解放することはありませんでした。そして、その次に最後の災いというものが次の11章から12章に書いてあります。
そのことを通して、もう耐えられなくなったファラオは、イスラエルの人たちを、一旦はもう出ていっていいというのでありますが、その途中でやっぱり、イスラエルの人たちを取り戻そうとして追いつこうとして軍隊を送ります。
そのときに神様が、紅海の海を真っぷたつに割ってくださって、その割れた海の中を通ることによってイスラエルの人たちは向こう岸につきます。そのあとを追ってきた軍隊は海が二つに割れて、その海が元に戻ることによって、みんな溺れ死んでしまう。
そうしたことによって、イスラエルの人たちはついに奴隷とされていたエジプトを脱出して、自分たちの本当の安住の地に向かって進んでいく。そのような物語が、そこからまた始まっていくのであります。創世紀の後半から始まり、出エジプト記へと続いていく、非常に長い物語をいま要約してお話をいたしました。
その物語はこのあともずっと続いていくのでありますが、旧約聖書にはそうした形でイスラエルの人たちが、本当に苦しみの中で神様に希望を持って導かれて生きていく、その歴史というものが記されてあります。
その歴史の中で、今日の箇所にあるようなこともあった。その一場面が今日の箇所に記されているのであります。どんなことが書いてあるのでしょうか。
21節。「主はモーセに言われた。『手を天に向かって差し伸べ、エジプトの地に闇を望ませ、
人がそれを手に感じるほどにしなさい。』」
モーセが手を天に向かって差し伸べると、そのことによってエジプトの地に闇を臨ませる。それは神様がなさってくださることであります。人がその闇を「手に感じるほどに」しなさい、というこの言葉はとても不思議な言葉です。闇というものは手に感じることができません。
けれども、手に感じるほどにと、言われるときには、本当にそこに暗闇というものがあって、それは単に何かたとえば窓にカーテンを引いて暗くしました、というような意味で、光を遮断した暗闇というのではなくて、何か得体の知れないものが全体を包み込んで、もう何にも見えなくなるというような、非常に不気味なもの、そこにすごく何かの存在を感じる暗闇ということが言われています。
そしてそのあと22節。
「モーセが手を天に向かって差し伸べると、三日間、エジプト全土に暗闇が望んだ。人々は三日間、互いに見ることも、自分のいる場所から立ち上がることもできなかったが、イスラエルの人々が住んでいるところにはどこでも光があった」とあります。
ここで、その暗闇の中にあってイスラエルの人たちだけは、特別に神様が照らし出してくださった、すなわちイスラエルの人たちは特別なのだ、ということが、その中で示されたということです。そのようなことが起こって、エジプトのファラオは24節にあるように、モーセを呼び寄せて「行って主に仕えるがよい。ただし羊と主は残しておけ。妻子は連れて行ってもよい。」このようにファラオは言いました。
これは一番最初にモーセが、ファラオに対して自分たちを解放してほしいと願った時に、自分たちを荒れ野に行かせて下さい、神様を、自分たちの神様を礼拝するために、わたしたちを荒れ野に行かせて下さい。そのように言った言葉、その言葉からずっと続いている流れなのですね。
そんなに礼拝に行きたいのか、だったらもう行ったらいい、と言って「主に仕えるがよい」と。ただし羊と牛、すなわち家畜、それは当時の人たちにあって大切な財産であり、その財産は残しておけ、妻子は連れていってもいい、そういう言い方をファラオはしたわけであります。
するとモーセは答えました。「いいえ、あなたご自身からも生贄(いけにえ)と焼きつく献げ物をいただいて、我々の神、主にささげたいと思っています。我々の家畜を連れて行き、ひづめ一つ残さないでしょう。われわれの神、主に仕えるために、その中から選ばねばなりません。そこに着くまではわれわれ自身どれをもって主に仕えるべきか分からないのですから。」と言います。
この時代において、礼拝するということは、自分たちの持っている家畜の中から一番いい家畜を選んで、その肉を焼いて、その香りを神さまに献げる。そういう儀式をしていました。それは古代の人たちの宗教的な考え方なのですが、自分たちの飼っている動物の中で、その一番いい家畜の肉を焼く。
その肉を焼いた、良い香りを天の上にいる神様が嗅いで、そのいい匂いを嗅いで、神様は怒りをしずめてくださる。そういう、なだめの香りとして、自分たちの一番良い家畜の肉を焼く。そういうことをしていたわけであります。それが当時の人たちの一番良い礼拝の仕方だったのですね。
そのためには家畜が必要です。その家畜を連れて行ってはいけない、と言われたらそれは礼拝できないというのと同じなので、いいえ、ちゃんと連れていきます、と。それだけではなくて、あなたご自身からも、つまりファラオからも神にささげる生け贄の家畜をいただいて、そしてささげたいと思っています、と。つまりそれは、ファラオ、王様、あなたもわたしたちの神に献げ物をして下さいね、という、そういう言葉なのであります。
荒れ野の現地に行って、そこでわれわれはどの家畜を献げていいかわからないのだから、いま連れてる家畜を全部連れていきます。そして王からも家畜をいただいていきます。これは非常に大胆な言葉ですね。大胆な言葉で王に対して宣言いているわけです。何も持たないでただ脱出していく、などということはしない、というのですね。命だけは助かった、ありがとうございます、と言って逃げていくのではなくて、いや、私たちは礼拝のために行くのですから、財産を全部持っていきます、というわけです。
そのあと27節ではこうあります。「しかし、主がまたファラオの心をかたくなにされたので、ファラオは彼らを去らせようとはしなかった」とあります。
いままでずっと、全部で10個の災いでありますが、いろんな災い、疫病の災いとか、いなごの災いとか、雹が降ってくるとか、そうした自然現象の災いがたくさんあって、そのためにファラオは、もうお前たちは行ってもいい、というのだけども、そのあとで必ず心を変えていました。このときもやはり同じだったのです。
暗闇の中で、みんな生活できなくなって困ってるのですけれども、一旦それが収まったら、もう忘れたように、やっぱりやめた、と言ってイスラエルの人たちをやっぱり奴隷として置いておこうととするのであります。
そして28節ではこうあります。「ファラオが『引き下がれ。二度とわたしの前に姿を見せないよう気をつけよ。今度あったら生かしてはおかない。」と言うとモーセは答えた。よくぞおおせになりました。二度とお会いしようとは思いません。」
これはもう最後の決別の宣言ですね。今までずっと続いてきた、何度も何度も繰り返してきた、その災いがあるために王は心を変える、というので、モーセはその王と面談をしてきたわけでありますが、もうこれが最後だというのですね。
ファラオも「引き下がれ。二度とわたしの前に姿を見せるな」と言うわけです。「今度会ったら生かしておかない」、この28節の言葉は26節のモーセの言葉のすぐあとに続いている言葉ですね。その間に27節が説明として入っていますが、その前後は直接連続している言葉です。
売り言葉に買い言葉、と言ってもいいのでしょうか。この息詰まるような言葉の対決がここでなされているわけです。ここには、ファラオもモーセもお互いが、もうこれで最後だ、お前の顔を見るのはもう最後だ。そういう決意を込めている場面であります。
以上が今日の聖書箇所です。この箇所を読んで皆様は何を思われたでありましょうか。出エジプト記という、ものすごく昔に書かれた旧約聖書の物語です。現代の日本社会に生きているわたしたちにとって、何を教えているのでありましょうか。
わたしたちの日常の生活には本当に何も関係がないかのような、昔話、伝説あるいは宗教的な物語、そういうものでありましょうか。また、こうした聖書の言葉を読むときに、現代の世界の中にあってイスラエルとハマスの間で続いている本当に悲しい戦争、また、ウクライナやロシアなど色々な所で本当に世界中にある悲しい戦い。
あるいは奴隷労働の問題や、専制国家の抑圧の問題など、いろんな問題が今日の聖書箇所を読みながら、ふと心をかすめる。頭によぎる。念頭をかすめる、というときに何かつらい思いがしてくるのも確かであります。
このような本日の聖書箇所を、わたしたちはどう読んだらいいのか、と思う時に参考になることをお話しいたします。それは、第二次世界大戦あるいはアジア太平洋戦争のときに、日本社会において経験してきたことでありますが、戦時中の社会にあってこの出エジプト記を読む、ということは危険思想に触れることだ、というふうに一部で考えられていたようなのですね。
それはもちろん、管理する側、特高警察とかそういう支配する側の考え方なのですけれども、当時の教会において出エジプト記を読むということは、危険を伴っていたということであります。当時の日本の植民地とされていた中国大陸や朝鮮半島の人たち、また、そうした人たちだけでなく社会の中で少数派であったクリスチャンにとってです。
当時、日本社会の中にあってキリスト教は、アメリカやヨーロッパにつながる適性宗教でありました。その敵の宗教を信じているクリスチャンの人たちが、教会で出エジプト教を読むということが一部で問題にされていたのであります。読んではいけないと言われたり、墨で消すように求められたという話も伝わっています。なぜでしょうか。
王が奴隷とされていたイスラエルの人たちを抑圧し、そこから脱出しようとする物語というものが、まさに当時の政治・社会と国際社会の情勢の中で、まさに自分たちのことだと受け止められたことがありました。
そして、こうした聖書箇所を読むことによって、直面する苦しい状況を変えていこうとする、そのような動きが起こることを不穏な動きだととらえて弾圧をする。そうした、一部の人たちが警戒する危険思想が、このキリスト教の中にある、この出エジプト記の中にあると考えられていたのであります。
それだけではありません。聖書の中ではたとえば福音書の中にあります「終末」の教え、これはイエス・キリストが語った言葉で、いわゆる世の終わり、終末ということについての教えです。それは現代でいわゆる何かのオカルト的なこととして言われる、世の終わり、この世界が全部滅びてしまうということ、そういうおどろどろしい世界、ということではありません。
そうではなくて、この苦しい世界の現実がいつか神さまによって超えられて、本当の神の国がやってくる、という希望のえ教えなのでありますが、しかし、その終末ということ、それが神の国の到来であるということを信じる信仰もまた、危険思想だと考えられていたのですね。
それは当時の戦事体制、あるいは戦事に向かっていく体制にあって、国家の支配よりも神の国の支配の方がより大きい、だから、いつかこの世界は役割を果たし終える、王の力も国の政治の力も役割を果たし終わって神の国が来る、という考え方が、この世の政治権力を否定する考え方であると考えられて、これもまた弾圧の対象になったのであります。
当時の戦時中の日本基督教団の中で、ホーリネスと呼ばれる、あるいはきよめ派と呼ばれる人たちの教会が、大変に弾圧をされて牧師たちが捕らえられ、何人もの人が獄中で死んでいった。殺されていったと言ってもいいのでありましょう。そうした経験を教会はしているのであります。そんなことを考えながら、今日の聖書の箇所を読むと、また違ったことを思えるのではないでしょうか。
今日の箇所に書いてあることは、はるか昔の、何かこう童話のようなお話に見えるかもしれません。しかし、この物語に込められている自由への思い、解放ということへの願い、抑圧する政治権力に対する民衆の抵抗、そうした思いがここに込められている。そのことに気がつくのは、やはり同じように苦しんでいる民衆なのですね。
この出エジプト記の物語は、自分たちのため、わたしたちのための物語だと思って読む時に、この物語が意外な力を持ってきます。いや、それは聖書の全体がそうなのでありますけれども、一見この現代の日本社会に生きている私たちから縁遠いように見える、たくさんの物語が、ふとその中で自分自身の置かれた状況と重なるものがある、ということに気がついた時に、不思議なほど、その人を生かす力が湧いてくるのですね。
今日の箇所が、いま、どのようにその力を発揮するか。それはだれでも一人一人の心の中で生じることなのでわたしには分かりません。ただわたしは、今日の箇所を読んでいて、色々なことを思わされました。
この物語で「全土に暗闇が臨んだ」というのは、神様がそうなさったということです。こんなことが実際あるものか、と思ったりもしますけれども、しかし、もしこの状況が本当に起こるとしたら、これが現代のことだったら、どんな状況だと思いますか。これは電気が一つもつかない状況ですね。
この世の中から電気というものがなくなったらどうなるでしょうか。いやそれはもう発電所が全部ダメになって、電気というものがなくなったとき、全てが真っ暗になったその世界というのは、インターネットも使えない、もう本当にあらゆると言ってもいいぐらいに、仕事ができなくなります。
国の機能が麻痺する状態。これは実は、はるか昔の物語の世界ではなくて、いま戦争がなされてる世界にあって、むしろこんな状態を作り出すことによって相手を倒そうとしている。まさに現代だってあり得る状況ではないのか、と思うのであります。
その中でどこかだけが電気がついている。そこだけが違った存在でこの世界を収める力を持っている。そんなふうにして、その光というものが、この世の中にあって特別な存在になっていく。みんながみんな、光ということの恵みにあずかることのできない、そうした世界、それは現代でもあり得るのではないでしょうか。
そしてその中にあって、奴隷として苦しめられている人たちは一体、どんなふうに抵抗しているのかと考えたときに、自分たちの武力では勝つことができない相手に対して、どうやって戦うかというと、この出エジプト記にあるように神様が戦って下さるという考え方なのですね。
では、どのように戦ってくださるのか、それは自然現象をもって戦ってくださるということであります。自分たちの計略、自分たちの武力では勝つことができない、圧倒的な強い権力に対して何が誰が戦ってくださるのか。それは神様から与えられる自然現象によって、そして自然現象だけではありません、様々な歴史の流れによって、人の心がいつしか変えられていく。王の心すら変えられていく。
もちろんすぐには変わりません。そんな簡単に変わるものではありません。けれども、繰り返し繰り返し、神様が働いていてくださる。そのことが、苦しんでいる人たちの本当の希望になっていくのですね。その希望に支えられているときに、今日の箇所にあるモーセのように、ファラオと堂々と一対一で会って堂々と決別の宣言をすることすらできるのであります。
モーセがしていることは何か。わたしたちは礼拝をします、と宣言することです。そのためにここを出ていきます。礼拝に必要ですから財産も全部持っていきます。王様、あなたからも犠牲の生け贄をいただいていきます。
それらのモーセの言葉には、神様を礼拝する、ということが何より大事である、という信仰こそが自分たちをこの奴隷生活から解放する本当の力であり、希望であるということを知っているから、このように語ったのであります。
このような信仰を持つときに、植民地支配であったり、戦争の時代の抑圧であったり、いろんな専制国家の抑圧の中にある人たちが、ただ神様を希望とすることによって生きていく、その力が聖書から与えられていくわけなのですね。
今日の説教題は「力には力なのか」としました。現代世界の中にあって、国際世界の中にあって、「力に対しては力しかない」と考えざるを得ない現実があることは確かです。でも、それに対して聖書を読む時に「力には力なのか」と疑問を呈する、その力もわたしたちには与えられるのですね。
力には力、それしかない。それが唯一の正解である。その正解が支配しているこの現代世界に、わたしたちは生きている。それは本当に事実です。でも一方で、力には力なのか、そのように疑問を呈する力もまた、神様から与えられているのです。私たちはその二つのことの間で生きているのではないでしょうか。
今日の聖書の箇所を読んでいて、さらに私は思ったことがあります。今日の箇所には、主イエス・キリストは登場しません。当たり前です。旧約聖書の時代だからですから、そもそもおられないのです。どこにもイエス様は出てきません。どこにも出てこないからこそ、わたしたちはいまこの箇所を読むときに、イエス様を待望したいと思うのですね。
この世界のどこにもおられないイエス様。今日の聖書箇所のどこにもおられないイエス様。しかし、そのイエス様が来てくださった。それは旧約聖書の民も待望していたまことの救い主であります。その救い主がやってきてくださった、そのことが新約聖書のメッセージであり、わたしたちはキリスト教会において、そのメッセージを神様の恵みとして受け止めています。
今日の箇所にあってわたしたちは、苦しみの中に生きる民衆が、どんなふうにして権力の抑圧の中を生きていくか、希望を持っていくか、その魂、その信仰というものを学びます。それと同時に、その魂、信仰の中に、足りないものがある、ということも私たちは覚えたいのですね。
今日の聖書箇所には素晴らしいことが言われているのですけれど、それでもまだ足りないものがあります。それは何か。それは、自らの罪ということに対する悔い改め、ということであります。イスラエルの人たちもまた、神様の前で悔い改めを必要としています。
そして、いまここで聖書を読んでいるわたしたち一人ひとりも、罪からの悔い改めを必要としています。その悔い改めのために、主イエス・キリストが必要なのです。そのイエス様が、わたしたちのために来てくださった。そのことを感謝するクリスマスを私たちは迎え、そして新しい年を歩んでいます。希望を持ってイエス様と共に歩みましょう。そして「力には力なのか」と問うていきたいと願うものであります。
お祈りをいたします。
天の神様。本当に答えを出すことのできない、この現代の国際社会、そしてわたしたち一人ひとりの自分の生きる道筋において、いろんな困難が降りかかり、わたしたちの心はときとして不安に押し潰されそうになります。けれどもその中にあって、わたしは一人ではない、仲間がいる、そしてたくさんの人たちが神様と共に、イエス様と共に、歩んできたその道をこのわたしも歩んでいる。そのことの中で希望を持ち、教会につながり、また世界の人々と共に平和を祈って、自分の場にあってしっかりと歩んでいくことができますようにどうぞ導いて下さい。
感謝してこの祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。
アーメン。