京北教会ブログ──書庫(2010.8〜2019.8)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

2月1日(日)のこと

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             <きょうほく・きょうかい>

「虹の架かる教会」京北教会ブログ


2015.2.1

 「2月1()のこと」

 
本日の記事は、

この下の、数枚の写真の後にありますので、

ずっと下方にスクロールしてご覧下さい。
 

 
 以下は、過去(2010)のブログを読むときに便利な方法
 (パソコンで見る場合のみです。スマートフォンでは表示されません)
 
 ブログの右の欄の「ここ2ヶ月のブログ」という文字を、
 クリックすると最近の約2ヶ月分のブログが出てきます。
 
 右欄の中にある、「教会の四季や日常の歩み」「説教の断片など」
 「クリスマスシーズン」「京都教区の諸教会などへの訪問記」、
 などの各項目の文字をクリックすると、過去のブログを、
 それらのテーマ別に分けて読むことができます。
 
 右欄の、項目の最上段の、緑の字の「すべて表示」を、
 クリックすると、今までの全てのブログを順番に読むことができます。
 
 上記の仕方で開いたときに、ブログ欄外の上のほうに、
 赤く小さい字で「リスト」とあります。この文字をクリックすると、
 記事の一覧表が出ます。
 
 右欄のカレンダーの、年と月の表示の左右の三角印をクリックすると、
 年月を移動させて検索することができます。カレンダーの中で赤文字の
 日付けがブログ作成の日で、これをクリックするとその日のブログが、
 表示されます。
  

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日本キリスト教団 京北(きょうほく)教会
 
京都市 左京区 下鴨 神殿町 17-3
 
京都市地下鉄「北山」駅を下車、徒歩約7
 
 
京北教会のホームページを、
 
ブログとは別に作っていますので、
 
よろしければ、どうぞご覧下さい!
 
 
ホームページのアドレス
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
本日のブログはここからです。
 
「2月1日()のこと





 


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今朝、雪が積もっていました。

雪道を歩いて来られる皆様、

お気を付けて……。

上の写真は午後に撮影したものです。
ずいぶん溶けたあと。

朝、外を見たときは、積もった雪を見て、
これはどうなるかいな、
と思いましたが、そのあと晴れて、
どんどん雪が消えていきました。


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雪の日曜日の朝も、教会の戸はちゃんと開いて、
みなさまをお待ちしています。
 
 


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 201521() 京北教会 聖日礼拝
 
 聖書 マタイによる福音書 51320
 説教「しんとして聴く幸い」
 讃美歌21 459「かいぬし我が主よ」
      579「主を仰ぎみれば」
      280「まぶねのなかに」
 
 出席者数 24名 
 
 礼拝後 ・軽食 ・2月定例役員会



 新しい命の誕生を与えられたご家族のことを、

 礼拝後の報告でお話しました。

 おめでとうございます。

 主の祝福と、神様のご加護をお祈りいたします。

 本当によかったです。


 

 
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 雪の降る寒い日。

 暖かいお昼ご飯をみんなでいただきました。
 ご用意に感謝します。

 鮭の炊き込み御飯と、煮豆と、玉子のおつゆ。
 おかわりして、いただきました。
 ごちそうさまでした。美味しかった……。

 寒い日には楽しみもあることを再確認しました。




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 静養や治療の途上にある方々のことを覚えて祈ります。

 すみやかなご快復がありますように。

 一日一日が希望につながりますように。

 ご無理されませんように。

 祈りのなかで隣人とつながることができますように。


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 雪を見ながら、いろいろなことを思います。
 
 雪は、白紙のような存在かもしれません。 

     
     





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     週報掲載 <宣教のことば> 


 「あなたがたは地の塩である。

  だが、塩に塩気がなくなれば、

  その塩は何によって塩味が付けられよう。

  もはや、何の役にも立たず、

  外に投げ捨てられ、

  人々に踏みつけられるだけである。」
   
       
          マタイによる福音書 5章13節




 
   地の塩とは、

 土をひきしめる栄養のことでしょうか。

 そんな意味かなと、読んでいて考えます。

 
 「地」ということが、

 この世界とか社会とか、

 人間の生きている場の意味であれば、

 そのなかで塩の役目を果たす、

 という意味かもしれません。

 

 そして、塩は塩気を失うと、

 何の役に立たないというのです。



 えっ? どういう意味でしょう?

   この場合の「塩気」って、何でしょう……。


 
 言葉とは、わかっているようで、

 わかっていないものです。


 
 一つの言葉を愛するか、嫌うか、

 ちょっとしたきっかけで変わります。


 
 けれども、その言葉を発した心が、

 その言葉にこめた思いは、

 言葉の良し悪しや、

 好き嫌いの問題とは関係なく、

 言葉をめぐるどこかに、

 確かに存在しているはずです。

 
 
 主イエスの心が、

 「地の塩」という言葉をめぐるどこかに、

 確かにあるはずです。

 その心を知りたいと願います。

 


 
 




 



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 晴れた午後の時間、
 生け垣に残る雪を見て、
 惜しむ気持ちになりました。

 白く輝いて、あといくらかの時間で、
 消えていく雪。


 そして、消えてしまったあとにも、
 その雪の存在を思います。