京北教会ブログ──書庫(2010.8〜2019.8)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

2015年6月14日(日)のこと


改修して美しくなった教会。
実物は、晴れた日の屋根の赤茶色が、写真よりずっと素敵です。
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             <きょうほく・きょうかい>

「虹の架かる教会」京北教会ブログ

2015.6.14

 「6月14()のこと

 
本日の記事は、

この下の、数枚の写真の後にありますので、

ずっと下方にスクロールしてご覧下さい。
 

 
 以下は、過去(2010)のブログを読むときに便利な方法
 (パソコンで見る場合のみです。スマートフォンでは表示されません)
 
 ブログの右の欄の「ここ2ヶ月のブログ」という文字を、
 クリックすると最近の約2ヶ月分のブログが出てきます。
 
 右欄の中にある、「教会の四季や日常の歩み」「説教の断片など」
 「クリスマスシーズン」「京都教区の諸教会などへの訪問記」、
 などの各項目の文字をクリックすると、過去のブログを、
 それらのテーマ別に分けて読むことができます。
 
 右欄の、項目の最上段の、緑の字の「すべて表示」を、
 クリックすると、今までの全てのブログを順番に読むことができます。
 
 上記の仕方で開いたときに、ブログ欄外の上のほうに、
 赤く小さい字で「リスト」とあります。この文字をクリックすると、
 記事の一覧表が出ます。
 
 右欄のカレンダーの、年と月の表示の左右の三角印をクリックすると、
 年月を移動させて検索することができます。カレンダーの中で赤文字の
 日付けがブログ作成の日で、これをクリックするとその日のブログが、
 表示されます。
 
 

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日本キリスト教団 京北(きょうほく)教会
 
京都市 左京区 下鴨 神殿町 17-3
 
京都市地下鉄「北山」駅を下車、徒歩約7
 
 
京北教会のホームページを、
 
ブログとは別に作っていますので、
 
よろしければ、どうぞご覧下さい!
 
 
ホームページのアドレス
 
 
 


 
 
 

 
 
 
 
本日のブログはここからです。
 
「6月14日()のこと
 








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教会庭の花を用いて、活けてくださりました。感謝。



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 2015年 6月14日(日) 京北教会 聖日礼拝


 聖書 コリントの信徒への手紙1 4章 1〜13節
 
 説教 「悲しみを先走らせない」

 讃美歌21 18「こころを高く上げよ!」

       502「光に歩めよ」

       451「くすしきみめぐみ」



 礼拝出席者数 32名



 礼拝後 ・お茶と祈りのとき


       この日の礼拝に、久しぶりに、

       三重県津市在住の高木美代子さん(京北教会員)が、
       
       礼拝に出席されました。

       遠路はるばる、よく来てくださいました!


       1941年〜1979年の京北教会牧師であった、

       故高木彰牧師の夫人で、今は津教会の礼拝に、
 
       出席しておられます。98歳になられました。

       今もお元気にしておられます。

       いつも、京北教会を励ましてくださる方です。


       高木さんの紹介と歓迎のこと、また、

       その他の個人消息などの話の後に、

       4人の有志の方々に、お祈りしていただきました。


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 手作りシフォンケーキをご用意いただき、感謝です。

 味わって美味しくいただきました。


 
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 こちらは紅茶のシフォンケーキです。

 今日は3人の方々の手作りです。ありがとうございました。








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週報掲載 <宣教のことば>




   「わたしを裁くのは主なのです。
 
    ですから、主が来られるまでは、

    先走って何も裁いてはいけません。」


     コリントの信徒への手紙1 4章4〜5節



 これは、人々が互いに裁き合っていることを悲しんで、

 それをやめるようにと、

 使徒パウロが教えている手紙の箇所です。


 神に救われたと信じる人たちが、

 なぜ、お互いに裁き合い、対立しあうのでしょうか。


 人間は、結局は人間でしかありませんから、

 神を信じようが信じまいが、

 結局は同じようなもので、

 要は誰もが自分本位に生きているので、

 結局は誰も救われていないのかもしれません。


 けれども、

 そうして落胆することによって、

 「人間なんて、どうせそんなものだ」と、

 見限っていくとき、

 事態はもっと悪くなっていくのでしょう。

 
 使徒パウロはそのことを知っていました。

 かつてパウロは、律法に基づいて、

 人間を「良い人・悪い人」と分けて考えることで、

 かえって自分を見失っていた、

 その自分の半生を悔いているのです。

 
 本当に人を裁けるのは、

 神だけである──その信仰が、

 人が人を裁く苦しみから救い出してくれるのです。











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 右から二人目が高木さん。

 久しぶりのみなさんとの再開に話が弾みます。

 改修工事を終えた教会の建物を見ていただき、

 うれしかったです。


 
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 杖をつきながら、しっかりと一人で歩いておられました。


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 ところで、教会の門柱の表札にご注目。


 昔からの表札を洗って磨いて取り付けましたが、

 このままでは文字が見えにくいことから、

 教会のご近所の科学者の方からご奉仕のお申し出があり、

 科学的方法で少しずつ、

 文字表示を綺麗にする作業をしてくださっています。

 とても感謝なことです。ありがとうございます。


 試行として、「京」の字をまず綺麗にしていただきました。

 やっぱり、とてもよいです!




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 午後、施設入所しておられる教会員のOさんのところへ、

 高木さんと数名の有志で一緒に行きました。

 久しぶりの再開に話が弾みます。



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 Oさんは、近く別の施設に移ることが決まっています。

 今の施設では個室で、リースの製作をしておられました。

 次の施設でも、日々充実できますようにと願います。



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 高木さん、今日一日、いろいろな懐かしい方々と、

 お会いして話をしてくださり、

 ありがとうございました。

 久しぶりの京北教会、改修した建物、

 どうでしたか。本当によく来てくださいました。



 京北教会の創立75周年記念誌の一部を、以下に引用します。
 
 1945年の時期です。

 「高木牧師を南方に送った教会は、鈴木義徳牧師を迎え、わずかの信者が共に礼拝を続けた。しかし、鈴木牧師も45年(S20年)二月には徴用にとられることになり、代務者を辞任した。教会はその後任として中西貞雄牧師を迎えた。毎週の礼拝は生まれたばかりの幼児を抱えた高木美代子と留守番として牧師館で起居を共にした沖口すみが中西牧師を迎えて行うといった状態であり、広々とした礼拝堂がなんともしらじらしく見える毎日であった。」

 (京南・京北教会創立75周年記念誌を採録した、
 『各個教会史をどう書くか』(土肥昭夫著)(P.191より)

 


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 これからも、どうぞお元気でいてください。

 またお会いいたしましょう。