京北(きょうほく)教会ブログ──(2010年〜)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ

2022年10月の説教

 2022年10月の京北教会 礼拝説教
   10月2日(日) 10月9日(日) 
         10月16日(日)
永眠者記念礼拝説教 
         10月23日(日) 10月30日(日)

「回心し、愛する人に」2022年10月2日(日)
  京北教会 「世界聖餐日」礼拝説教

 聖 書  ガラテヤの信徒への手紙 1章 13〜24節 (新共同訳)

 

  あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒として

  どのようにふるまっていたかを聞いています。

 

  わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。

  また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、

  同胞の間では同じ年頃の多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。

 

  しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、

  恵みによって召し出してくださった神が、

  御心のままに、御子をわたしに示して、

  その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、

  わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、

  また、エルサレムに上って、

  わたしよりも先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、

  アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。

 

  それから三年後、ケファと知り合いになろうとしてエルサレムに上り、

  十五日間彼のもとに滞在しましたが、

  ほかの使徒には誰にも会わず、ただ主の兄弟ヤコブにだけ会いました。

 

  わたしがこのように書いていることは、

  神の御前に断言しますが、

  うそをついているのではありません。

  その後、わたしはシリアおよびキリキアの地方へ行きました。

  キリストに結ばれているユダヤの諸教会の人々とは、

  顔見知りではありませんでした。

 

  ただ彼らは、「かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、

  今は福音として告げ知らせている」と聞いて、

  わたしのことで神をほめたたえておりました。

 

 

 (上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
  改行などの文章配置を説教者が変えています。
  新共同訳聖書の著作権日本聖書協会にあります)

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 (以下、礼拝説教)

 

 毎週の礼拝において、聖書の3箇所から選んでいます。マルコによる福音書使徒パウロの手紙、旧約聖書。この3箇所から順番に選んで毎週読んでいます。今日の箇所はガラテヤの信徒への手紙1章からです。

 

 本日は教会の暦で「世界聖餐日」です。この日は、第二次世界大戦が始まる前の時期に、世界が戦争にならないようにと願って、世界中の教会がこの日に聖餐式を行って、世界が神様のもとで一つであることを祈る日としてアメリカの教会が世界に呼びかけたものです。

 結果として、それは世界の戦争を止める力にはならず、第二次世界大戦が起こり、悲惨な結果を迎えました。しかし戦後に、もういちど平和を創り出すために「世界聖餐日」が続けられることになったのです。

今はコロナ問題があるので感染予防として、私たちの教会では聖餐式を行うことは自粛していますが、本日は世界聖餐日の精神を大切にして礼拝をいたします。

 

 本日の聖書箇所は、使徒パウロが書いた手紙です。ガラテヤという地域にある教会の人たちに向けてパウロが書きました。今日の箇所は、1章の後半で、パウロが自分自身の今までの歩みを語っているところです。パウロは元々はクリスチャンではなく、クリスチャンを迫害する側の人間でした。熱心な律法学者であり、旧約聖書に記された昔からの律法、それは宗教的・社会的な掟でありますが、その掟を守る行い、行動をすることによってこそ、人間は神に救われるとパウロは信じていました。

 

 ですから、そうした律法の掟を守ることではなく、ただ神様への信仰のみで人間は救われるという、主イエス・キリストの福音は、パウロにとっては到底受け入れることができないものでした。そんなイエスの福音などというものが人々に広がるならば、このユダヤの国の社会はおかしくなってしまう。だから、イエスの福音を信じるクリスチャンを見つけたら、迫害して、その信仰をやめさせなくてはならない。パウロはそう考えていました。

 

 そのようなパウロのかつての姿を、今日の箇所ではパウロ本人が振り返っています。それは、単に思い出を語っているのではなくて、自分という人間は、神様の目から見たときに、本当なら許されないようなことをしてきた悪い人間なのだということを、パウロ自身が自分でかみしめながら淡々とかつての自分のことを語っているのです。

 

 パウロはこう言っています。「あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年頃の多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。」

 

 これがかつてのパウロの姿です。徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました、とパウロは言います。これは何か武勇伝のように言っているのではなくて、私は何と言う恥知らずなことをしてきたのかという、自己反省の言葉です。同じ年代の同胞の中で、他の多くの人よりも旧約聖書の律法をよく学び、その律法、掟を守って生活することに徹底しようとしていたのです。それが、かつてのパウロが進みたかった道でした。

 

 けれども、パウロは次にこう言います。「しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、

また、エルサレムに上って、わたしよりも先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。」

 ここには、パウロが主イエス様と出会ったときのことが書かれています。出会ったといっても、パウロは十字架で死なれる前のイエス様に実際にお会いすることは一度もありませんでした。パウロがイエス様と出会ったのは、パウロがあるとき突然に目が見えなくなったときでした。そのとき、真っ暗闇のパウロに主イエス・キリストの声が聞こえたということを、パウロは他の箇所で語っています。ただし、本日の箇所にはその具体的なことは記されていません。

 

 その劇的な出来事を、パウロは本日の聖書箇所では全く具体的に語らずに、抽象的な言い方にとどめています。パウロは、そのイエス様との出会いのあと、イエス様の導きによってクリスチャンとなり、キリスト教の伝道者として生まれ変わったのですが、自分が大転換をしたその時期のことをここで書いています。パウロは、それからの自分のことを自分の家族とも相談せず、また、パウロよりも先にクリスチャンであったペトロたち、イエス様の12弟子などのところにも行かず、アラビアに行き、そこからダマスコに戻ったとあります。パウロがなぜそのような経路をたどったか、その理由はここには記されていません。

 

 そしてそのあと、こう続けます。「それから三年後、ケファと知り合いになろうとしてエルサレムに上り、十五日間彼のもとに滞在しましたが、ほかの使徒には誰にも会わず、ただ主の兄弟ヤコブにだけ会いました。」

 

 ここで「ケファ」という人の名前が出てきます。これは実はペトロのことです。ケファ、前の翻訳の聖書では「ケパ」と書かれていましたが、これは「岩」という意味の言葉で、これはペトロのあだ名なのです。イエス様の12人の弟子一番弟子だったペトロがここで、ケファ、つまり岩というあだ名で呼ばれているのです。

 

 パウロは、かつてはクリスチャンを迫害する熱心な律法学者だったのですが、あるとき自分自身が一時期目が見えなくなって、その中で主イエス・キリストの声を聞いたことから、回心をしてクリスチャンになりました。

 けれども、そこからすぐにペトロたちイエス様の12弟子たちのグループのところに行って協力したのではなく、3年の歳月が過ぎて、そこからペトロに会いに行ったけれども、ペトロと、それから主の兄弟ヤコブ以外には会わなかった、ということが言われています。主の兄弟ヤコブとは、文字通り、イエス様の血縁の弟です。そしてペトロたち12人の弟子たちと協力して、一番最初の時代のキリスト教会の伝道者として教会を支えた人です。

 

 この主の兄弟ヤコブは、福音書の中には登場せず、使徒言行録とパウロの手紙に登場します。イエス様の直接の弟ですが、あまりたくさん登場しません。イエス様と人間的な血縁があることはペトロたちイエス様の12弟子たちにとっては、特別な意味があったかもしれません。

 しかし、主の兄弟ヤコブがどのような人で、どんな働きをしたかという具体的なことはあまり記されていません。それは、キリスト教というものが最初の時期から、そうしたイエス様との人間的な血縁関係にこだわって、イエス様の家族を絶対視、特別視する、という家族崇拝のようなことがなかったということかと思われます。イエス様が説いた「神の国の福音」は、そうした血縁関係よりも、一人ひとりの人間の魂の救いだったのです。

 

 ここでパウロが言いたいのは、自分は決して、ペトロたち12弟子のグループに出会って、その影響でクリスチャンになったのではないということです。また、主の兄弟ヤコブや、その他の誰かに出会って、その影響でクリスチャンになったのではなくて、自分自身がイエス様の声を聞いてクリスチャンになったのだ、ということです。

 

 パウロは、ペトロたちのグループとの関係も大切にするけれども、自分はイエス様を主と信じるのであって、ペトロたち弟子の集団の下にいるわけではない、という自分の思いをここで強調しています。

 

 さらにパウロは続けます。「わたしがこのように書いていることは、神の御前に断言しますが、うそをついているのではありません。」

 

 パウロにとって、自分がどのようにしてイエス様を主と信じたのか、ということ、つまり自分自身の信仰の体験というものがあって始めてクリスチャンになったのであって、決してペトロたちに出会ってそこで教育を受けたというようなものではない、というパウロの誇りを感じます。

 そしてこう言います。「その後、わたしはシリアおよびキリキアの地方へ行きました。キリストに結ばれているユダヤの諸教会の人々とは、顔見知りではありませんでした。ただ彼らは、『かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている』と聞いて、わたしのことで神をほめたたえておりました。」

 

 パウロは、ペトロたちに会いに行ったあと、今度はシリアなどの地方に行きました。そこでは、パウロと顔見知りの人はいなかったのですが、パウロの評判は届いていたのです。それは、『かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている』というパウロの評判でありました。そのパウロの評判は、その地域の人たちが神様をほめたたえることにつながったのです。

 

 このとき、すでにパウロは、クリスチャンを迫害する律法学者の立場をやめて、自分自身がクリスチャンとなって地中海沿岸各地の教会を回って伝道する伝道者になっていたのです。その働きがめざましかったので、パウロが直接会ったことがない地方の人たちも、パウロの評判を聞いて、かつてクリスチャンを迫害していた人物が回心して熱心な伝道者となった、ということを喜んでいたのです。

 

 こうして、本日の聖書箇所をざっと読んでみました。皆様は何を思われたでありましょうか。これはパウロが書いた長い手紙の一部です。パウロは、今日の箇所の前のところで、ガラテヤの教会の人たちを叱っています。それは、ガラテヤの教会の人たちが、主イエス・キリストの福音から、離れようとしていたからです。その教会には、昔から伝わる旧約聖書の律法を守ることで人は救われるという古い考え方の人たちが入り込み、パウロたちが伝えた本当のイエス様の福音を否定して、古い考え方に連れ戻そうとしていたのです。

 

 そのような古い考え方に戻ろうとしていた、人たちをパウロはここで叱っています。そして、その流れでパウロは自分自身のかつての姿を淡々と語っています。その意味は、あなたたちはかつての私のような愚かな考え方に戻るのか、絶対にそれはやめておきなさい、しっかりしなさい! という叱咤激励です。

 

 律法を守ること、社会生活・宗教生活の掟を守ること自体は、大切なことです。けれども、それが神様に救われるための条件だと考えて、律法を守る行いを人に強制するのであれば、それは行いができるかどうかによって人を裁く信仰となってしまい、本当の意味で心から神様を信じる信仰ではなくなってしまう、そのことをパウロは批判しているのです。パウロはここで、決してあなたたちは昔のあなたたちに戻るな、それはかつてのこの私のような愚かな姿に戻るからだというのです。

 

 本日は「世界聖餐日」です。この日の由来が、第二次世界大戦が始まる前に、戦争へと向かう世界の様相を心から心配し、決してそのようなことがないようにと、世界中の教会がこの日に一緒に聖餐式をすることで、世界は神様のもとで一つだと、主イエス・キリストの体と血潮を表す聖餐、それはパンとぶどう酒でありますが、福音書に記されたイエス様の言葉では、パンとぶどう酒でイエス・キリストを表し、そのパンとぶどう酒をいただくことによって、一人ひとりの人間がイエス様と一つになることができるのです。その恵みの聖餐式を行うのが教会です。

 

 世界聖餐日は第二次世界大戦が始まる前に始められました。しかし、戦争を止める力にはなりえませんでした。けれども、戦後になってもういちど新しい気持ちで世界聖餐日を始めるのは、決してあの愚かな昔の自分たちの姿に戻ってはいけない、と言う気持ちであったはずです。もう2度とあんな恐ろしい世界戦争の時代を繰り返してはいけない、そういう悲痛な願いが、この世界聖餐日にはこめられています。

 

 そのことは、本日の聖書箇所のパウロの言葉と重なります。パウロは、ガラテヤの教会の人たちが、人から惑わされて、昔の律法主義に戻ろうとしていることに対して、強く怒り、強く叱っています。どうして、あんな昔の姿に戻ろうとするのかと。それは、パウロにとって、かつて自分が信じていた律法主義は間違いであった、あのころの自分にはもう決して戻りたくない、そういう決意がパウロにはあったのです。

 

 パウロは、回心をしました。そのことによって、パウロはクリスチャンを憎むことをやめて、クリスチャンを愛する人になりました。回心することは、まことの愛の気持ちをその人にもたらすのです。

 

 かつてのパウロは確かに熱心な律法学者でした。他の人よりもずっと熱心に聖書を読み、宗教の掟を守って生きてきました。しかし、あるとき目が見えなくなったときに、それまで考えていたすべてのことがひっくり返ったのです。暗闇の中に生きるようになったときに、その目の障害を持つことによって、もう自分は律法を厳格に守って生きることができなくなった、そのことを知ったパウロは、その絶望の中で始めて、主イエス・キリストの声を、言葉を聞いたのです。

 

 そのときに、パウロは神様の愛というものがわかったのです。それは理屈ではない。そして律法の行いでもない。絶望している人の心の奥底にまで降りてきて、確かな言葉を語ってくださる、それがパウロが出会った主イエス・キリストでありました。それは、聖書を読んで文章として習い覚えた律法とは違って、文章では言い表せない本当の愛情でした。

 

 パウロにとっては、回心することは、本当の神の愛を知ったとであり、そしてまた、パウロ自身が人を愛するようにと神様によって変えられることだったのです。

 

 パウロは、そのときに一度目が見えなくなったあと、また目が見えるようになりました。しかし、パウロは、その生涯にわたって何らかの障がい、または病気を持っていたようであります。それが具体的にどんな状態だったかはわかりませんが、パウロが手紙に書き残している内容から推測すると、それは、パウロだけでなくパウロ以外の人たちにとってもつまづきになる何かの状態だったようです。

 

 しかし、パウロは、自らのそうした障がいを恥じてはいません。また、かつてクリスチャンを迫害していた自分自身の罪深さを思いながらも、ただ自分の絶望して終わるのではなく、新しい生き方を身につけて実践し、キリスト教の伝道者となって新しい人生を生きたのです。

 

 パウロがガラテヤの教会の人たちに望んだことは、神様によって罪から解放され、主イエス・キリストを信じて生きることによって、あらゆる迷信や掟から解放されて、新しい人生を生きることでした。それにもかかわらず、なぜ、ガラテヤの地域の教会の人たちは、古い考え方に戻ろうとするのか。

 

 本日、世界聖餐日にあたって、私たちが考えたいことの一つは、私たちの世界は決して、第二次世界大戦の時代に戻ってはいけないということです。それは悲しみの時代、人間の愚かさがあふれている悲しみの時代なのです。その古い時代の考え方に戻っては決してならない。その決意を、本日のパウロの言葉から学びたいと願うものです。

 

 お祈りをいたします。 

 神様、私たちは21世紀になっても、まだ互いに戦争をしている時代を生きています。決して後戻りしてはいけないと信じていたのが、世界中で後戻りしているようなこの時代の状況に絶望するものを感じます。しかし、神様が与えてくださる希望がある限り、決して絶望せずに生きることができますように導いてください。私たち一人ひとりの日常の中に、隣人、隣り人と共に生きる日常の中に、神様によって罪から解放され、自由にされる空間があることを信じ、生きることができますように、一人ひとりの人間を守ってください。世界中のキリスト教会が世界聖餐日の精神を持って常に平和を祈り、そしてこの世界全体が、決して後戻りすることがないようにしてください。そして私たち一人ひとりを、あなたの平和を実現するために用いてください。 

 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお献げいたします。アーメン。



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「父への子の涙」
 2022年10月9日(日)京北教会 礼拝説教

 聖 書  創世記 27章 30〜40節 (新共同訳)

 

 イサクがヤコブを祝福し終えて、
    ヤコブが父イサクの前から立ち去るとすぐ、

 兄エサウが狩りから帰って来た。
 彼もおいしい料理を作り、父のところへ持って来て言った。  

 「わたしのお父さん。起きて、息子の獲物を食べてください。

  そして、あなた自身の祝福をわたしに与えてください。」

 父イサクが、「お前は誰なのか」と聞くと、

 「わたしです。あなたの息子、長男のエサウです」と答えが返ってきた。

 イサクは激しく体を震わせて言った。
 「では、あれは、一体誰だったのだ。
  さっき獲物を取ってわたしのところに持って来たのは。

  実は、お前が来る前にわたしはみんな食べて彼を祝福してしまった。
  だから、彼が祝福されたものになっている。」

 

 エサウはこの父の言葉を聞くと、
 悲痛な叫びをあげて激しく泣き、父に向かって言った。
 「私のお父さん。わたしも、このわたしも祝福してください。」

 イサクは言った。
 「お前の弟が来て策略を使い、お前の祝福を奪ってしまった。」

 エサウは叫んだ。
 「彼をヤコブとは、よくも名付けたものだ。
  これで二度も、わたしの足を引っ張り(アーカブ)  欺いた。
  あのときはわたしの長子の権利を奪い、
  今度はわたしの祝福を奪ってしまった。」

 エサウは続けて言った。
 「お父さんは、わたしのために祝福を残しておいてくれなかったのですか。」

 イサクはエサウに答えた。
 「既にわたしは、彼をお前の主人とし、親族をすべて彼の僕とし、
  穀物もぶどう酒も彼のものにしてしまった。
  わたしの子よ。
  今となっては、お前のために何をしてやれようか。」

 エサウは父に叫んだ。
 「わたしのお父さん。祝福はたった一つしかないのですか。
  わたしも、このわたしも祝福してください、わたしのお父さん。」
 エサウは声を上げて泣いた。

 父イサクは言った。
 「ああ/地の産み出す豊かなものから遠く離れた所/この後お前はそこに住む/天の露からも遠く隔てられて。/お前は剣に頼って生きていく。/しかしお前は弟に仕える。/いつの日かお前は反抗を企て/自分の首から軛(くびき)を振り落とす。」

 

 (上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
  改行などの文章配置を説教者が変えています。
  新共同訳聖書の著作権日本聖書協会にあります)

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 (以下、礼拝説教)

 

 毎週の礼拝において、聖書の3箇所から選んでいます。マルコによる福音書使徒パウロの手紙、旧約聖書。この3箇所から順番に選んで毎週読んでいます。今日の箇所は旧約聖書の一番最初にある創世記の27章です。ここには、イサクという父と、エサウヤコブという二人の双子の息子の話が記されています。

 

 本日の場面には、ヤコブは実際には登場せず、名前だけが出てきます。具体的に登場するのは父のイサクと、その双子の息子の兄であるエサウの二人だけであります。旧約聖書をよく読まれている方は、このエサウヤコブの話の場面はよくご存じであろうかと思います。少し長い話であります。

 

 旧約聖書において、重要な人物としてアブラハム、イサク、ヤコブという、父・子・孫という関係でありますが、この三人の名前は繰り返し出てきます。それは、イスラエルという国の発端がその三人にあるからです。アブラハムから始まる小さな部族がだんだんと大きくなっていって、後にイスラエルの国、ユダヤ民族、その国という形になっていきます。旧約聖書はその歴史を語っています。

 

 その発端である、アブラハム、イサク、ヤコブ、この父・子・孫の関係の中で、イサクとヤコブの関係がありますが、本日の箇所では、イサクの双子の息子であるエサウヤコブとの話が出てきます。

 

 旧約聖書は不思議なものです。聖書の話というと、どれもこれも素晴らしくて、神様の恵みが満ちあふれていて、愛が一杯な話であるかのようにも思ってもしまうのですけれども、実際に読んでみると、ぎょっとするほどに生々しい人間の欲望や、人間の様々なふるまい、罪の行いというものが出てきます。

 そして聖書を読んでいて非常に興味深いのは、とてもよくないと思われる行為というものがありながら、しかしそのことを巡って物語が展開していくなかで、それが歴史を越え、時代を超えていく中で、それが神様によって用いられて、また別の物語を生み出していく、ということがあるのです。

 

 もちろん、そのように、いろいろあっても結局神様の計らいで最後は良いほうになりました、ということではなく、本当に惨めな悲しい人間の残虐さを現す話もたくさんありますが、今日の話はどうでありましょうか。

 先に申し上げておきますと、今日の聖書箇所は、お父さんのイサクから兄エサウに与えられるはずだった祝福というものが、弟のヤコブによってだまし取られてしまって、そのためにエサウはお父さんから祝福をいただくことができなくことになった、という物語であります。

 将来的にはこのエサウヤコブの兄弟は再会をすることになるのでありますけれども、今日の箇所では、この二人の立場ははっきりと分かれ、そしてヤコブエサウから殺されることを避けるために逃亡することになります。一つの家族の中で暮らしていたイサク、エサウヤコブ、そして母親のリベカを含めて、その家族があったのですが、その家族はこの父親からの祝福を受け継ぐかどうか、双子の兄弟のどちらが受け継ぐかというところで、大きな亀裂が走り、家族はバラバラになっていくのであります。

 

 このエサウヤコブの話は少し長い話であり、今日の箇所の少し前の箇所を見ますと、エサウは自分が長子、長男であることの権利を軽んじた話というものが出てきます。その流れの中で読むと、エサウはお兄さんなんだけれど、実際にお兄さんとしての立場をきちんと自分で考えることなく軽んじていた、だから、こんなことになった、と読むこともできます。

 

 けれども、今日の箇所を読んだときに、エサウがお父さんに対して悲痛な叫びを上げて激しく泣いた、とあるのを読むときに、このエサウの悲しみが私たちには伝わってきます。

 お父さんイサクが、歳を取って目がかすみ、見えなくなっていた、その状態のときに、自分の跡取りについて、自分の持っている権限、部族の長としての家長としての経験を、子どもに与えようとしています。それが祝福ということなのですけれども、そのときに目が見えないイサクのところに、双子の母であるリベカがいました。

 父のイサクは長男のエサウに対して祝福を与えると思っていたのだけれど、イサクの妻リベカが夫のその意向を聞いていて、ヤコブに対して兄エサウのまねをさせることで、父親イサクをだまして、その祝福を弟ヤコブが取ってしまう。母のリベカが考え出したそういう計略によって、祝福が奪われてしまう、そういう話です。

 

 ここで、今日の箇所のなかでリベカとヤコブが使った計略というのは、目が見えない父親イサクをだますために、毛深いエサウのふりをするために毛皮を腕に巻いた。それからエサウが狩りで獲ってくるはずの肉を飼っている家畜の肉を使うことで代用し、目が見えなくなっているイサクをそういうやり方でだますということでありました。

 

 これを現実の話として考えたときに、こんなやり方でお父さんがだませるものだろうか、と思います。そういう意味で、今日の聖書箇所はあくまでも物語であり、子どもに語って聞かせても十分に理解してもらえるように、どちらかといえば子どもが喜ぶ物語、おもしろい話ですね。計略を使って、こんなふうにしたらこんな結果になったという、そのような面も含んでいます。

 

 そういう意味では、どろどろした家族の対立の話であるように見えつつ、一方で、そこにちょっとユーモアというものも含まれている、そういうふうなところでもあります。古代の伝説というのはそういう面があって、すごく怖い話であるように見えつつ、そこにちょっと、聞いていて、何と言いますか、遊びと言いますか、遊び心をくすぐるようなものもそこには含まれています。

 

 そして今日の聖書箇所の中には、弟ヤコブがお兄さんのエサウを出し抜いたということについて、ヤコブエサウの足を引っ張った、これは、双子が生まれたときに弟が兄の足を引っ張った、それがアーカブ「引っ張る」、それは「かかと」という意味でもありますが、そこからヤコブという名前が付いたのだと、そういうことでヤコブという人の名前の由来にひっかける形で、この物語が作られています。

 

 こういうふうにして、古代の人、聖書の民であるイスラエルの人たちは、自分たちの先祖の物語を語り継いできたのです。おもしろく語り継いできたのです。自分たちの先祖はこうした歴史を持ってきた。そして自分たちが今ここにいる、そういうふうに自分たちの歴史を確認するための物語として、こういう物語を語り継いで来たのです。

 

 では、2022年の現代日本社会にあって聖書を読む私たちは、今日の箇所から何を読み取るのでありましょうか。イスラエルの人間ではない、この日本社会に生きている私たちが、時代も地域も全く違っている中で、この物語から何を教えられるでしょうか。

 

 今日の箇所を繰り返し読む中で、私の心にとても刺さった言葉というのは、エサウがお父さんに対して叫んだ言葉であります。36節にこう書いてあります。「エサウはこの父の言葉を聞くと、悲痛な叫びをあげて激しく泣き、父に向かって言った。『私のお父さん。わたしも、このわたしも祝福してください。』」

 

 弟ヤコブがお父さんの祝福を取っていってしまった。それに対して、悲痛な叫びを上げたのであります。ここで言われている「祝福」というのは、単に「あなたに良いことがありますように」というような言葉だけの祝福ということではなくて、お父さんのイサクが持っている権利をすべて、息子に与える、そういう意味で非常に重い祝福でありました。それが、計略によって奪われてしまった。そのあとに、エサウの悲痛な叫びを上げているのです。

 

 また、38節にはこうあります。「エサウは父に叫んだ。『わたしのお父さん。祝福はたった一つしかないのですか。わたしも、このわたしも祝福してください、わたしのお父さん。』エサウは声を上げて泣いた。」

 

 この言葉は私の胸を打ちました。双子の兄弟です。兄と弟という違いはあるでしょうけれども、なぜ、弟に祝福が奪い取られたあと、では、私には祝福がないのかと。双子で同じように生まれてきたのに、同じように育てられてきたのに、一つの家庭の中で一緒にやってきたのに、でも祝福は弟が奪い取る、計略によってそうなってしまった。「祝福はたった一つしかないのですか。このわたしも祝福してしください。わたしのお父さん。」エサウはこのように叫んだとあります。

 

 しかし、その前にイサクはすでにエサウに答えていました。37節。「既にわたしは、彼をお前の主人とし、親族をすべて彼の僕とし、穀物もぶどう酒も彼のものにしてしまった。わたしの子よ。今となっては、お前のために何をしてやれようか。」

 このように、非常にむごい現実が待っていました。「お父さんは、わたしのために祝福を残しておいてくれなかったのですか。」それに対する答えは、残しておかなかったということでした。家長の権利というものは一つしかない。それは、息子一人に受け継がせるものであって、双子にそれぞれ平等にというわけにはいかない。

 そういうものでありました。それがその時代の掟でありました。まだ、律法という言葉はその時代にはなかったかもしれませんが、律法と同じように、神が与えた掟(おきて)として、そのようなものだったのであります。

 

 このような聖書箇所を読んで、私たちはいろいろなことを思うことができます。神が与えた掟、というものを守って、生きていた人々。それに従って生きたならば、神の祝福がいただけると思っていた人々。しかし、その掟に基づいて生きていた人たちの中にも、計略を用いて人の祝福を奪い取ろうとすることが出てきます。

 しかも、家族の中から出てきます。四人家族と考えてみたときに、父イサクと兄エサウ、そして弟ヤコブと母リベカ。二人ずつにこの家族は別れてしまったのです。一体なぜそうなったか。エサウにも問題があったということは書いてあります。けれども、いくら何でもひどい話ではありませんか。

 

 聖書というものは非常に不思議なもので、こうした話を通して私たちに向けて、訴えかけています。何を訴えているのでしょうか。それは、人間というものは、こういうものだという、一つの現実ということだと思います。家族とは何かとか、人を守って生きるとはどういうことか、この社会の中にあって家族として、部族として、信仰を持って生きていく、しかし、その中でこういうことが起こる、という人間の現実ということだと思います。

 

 そして、こうした話を、宗教学的にといいますか、当時の歴史とか、いろんな文化人類学のような視点を加えて考えると、エサウヤコブの双子の関係は、よく似た関係の同じルーツを持った部族同士の関係を表しているとも読むことができます。ほとんど同じような部族、根っこは一緒だった、ところがあるときから分かれて生きるようになった、そして対立をするようになっていく、元々は兄弟姉妹だったのがいつの間にか対立をしていく。根っこをたどっていくと、実はこういうことがあったのだという解説になっていくわけです。

 

 そうした場合に、その元々の二つの部族が分かれて戦うようになった出来事が何かあったとして、それが語り継がれていったとき、それが事実としてあったのかと言われたら、もう確かめようがないわけです。本日の箇所も事実としては確かめようがないのです。

 

 しかし、こうした話は印象に残ります。こういうことがあったから、エサウヤコブは別れたのか、と。子どものほうがこうした話は印象に残りますね。こんなことがあったと。

 

 そして、創世記の話の流れでは、将来的にはエサウヤコブはまた再会をすることになります。それは皆様それぞれに、この創世記を読んでいただければと思いますけれども、別れてそのままではなかったのです。エサウは、ヤコブを殺そうとします。しかし、ヤコブは逃亡し、殺されずにいたのでした。そして再会をすることになります。そうしたところに、将来の救いというものはあるのですけれども、今日の箇所の段階では、そのような救いは記されていません。悲惨なことになっているのです。

 

 神の救いとは何だろうかと思って聖書を読み始めたら、今日のような箇所が出てくる。それが聖書であります。今日の箇所から皆様は何を学ぶでありましょうか。学ぶといっても、何か人間性のどろどろとした、いやな面を見せられて、いやだなあと思う方もおられると思います。

 

 私は今日の箇所を読んで、いろいろ思いを巡らしているときに、私の心に刺さるのは、このエサウの父に向かっていう言葉なのですね。泣きながら言う言葉、「わたしのお父さん、わたしも、このわたしも祝福してください。」「祝福はたった一つしかないのですか。わたしも、このわたしも祝福してください。わたしのお父さん。」

 

 ここには、本当に父親を頼って生きてきた、そしていつか自分が父親の権威を受け継いで、この部族を治めていくのだと思って、心の準備をしてきたエサウの深い悲しみが表れています。

 

 この悲しみの言葉を読むときに、わたしは、イエス・キリストを思い起こしました。それは、十字架に付けられて命を落とされるにあたり、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」というイエス様の言葉でありました。子どもがお父さんに向かって、叫んでいるのです。どうして、どうしてと。このわたしも祝福してくださいと。

 

 もちろん、イエス様の十字架の場面と、今日の旧約聖書の物語の場面では、同じく子どもがお父さんに向かって叫んでいるといっても、その内容は大きく違っています。けれども、この悲痛な叫びということを考えているときに、それは何か状況が違うとか、時代が違うとかということと関係なしに、何か私たち、聖書を読んでいる私たちの心に届くものがあるのではないでしょうか。

 それは、こんなはずではなかったのではないですか。あなたも悲しいのではないですか、お父さん。あなたの願ったようにならず、あなたは長男であるエサウ、この私に祝福をくださるはずだった、お父さん自身がそう思っていたでしょう。なのに、リベカとヤコブの計略によって奪われてしまった。お父さん、あなただって悲しいでしょう。お父さん、わたしを祝福してください、というときに、エサウは父親に訴えるときに、お父さんの気持ちにもなっているのですね。お父さんだって悔しいでしょう、だから今から、わたしに祝福をください。

 

 それはイエス様が天の神様に向かって、「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」と叫ぶ言葉に通じると思うのです。わたしが十字架に架けられて今から死ぬ、それは神様にとっても悲しいことでしょう、どうしてわたしを助けてくださらないのですか。

 

 福音書を読んでおりますと、イエス様は繰り返し、ご自分が捕らえられて十字架に架けられて死なれることを事前に弟子たちに語っています。ご自分が十字架にはりつけにされて死ぬことは、避けられない運命にあるとイエス様は知っていたはずです。

 しかし、それでもイエス様は十字架にはりつけにされたままで叫ばれました。やるせなかったのでしょうか。苦しかったのでしょうすか。イエス様の思いは誰も知ることができません。

 

 こんなはずじゃなかった、それは神様にとってもそうなんでしょう? と、イエス様は叫んでいたのではないかと私は思うのです。そこには、父なる神様、お父さんだって悲しいでしょう? 父と子が共に同じ心で今苦しんでいるのですよ、お父さん。そういうふうに叫んでいるのです。

 

 しかし、エサウのこの叫びによる願いを、父イサクは聞くことがありませんでした。もうすでに祝福してしまった。弟ヤコブにだまされたけれども、祝福はもうヤコブに与えてしまった。だから、もうエサウに対して私がしてやれることはない、と言うのです。

 

 まあ、現代人の目から見て、今日の物語を読むときにちょっと不思議に思うのは、祝福というものを確かに一度イサクがヤコブにだまされて与えたとはいえ、それは明らかに計略で詐欺だったわけですから、これは間違いだった、もう一度する、と言って改めてエサウを祝福したら済むのではないかと、現代人である私たちは思いますけれども、その時代にあってはそうではなかったようなのですね。

 あるいは、父親の言葉というものは、それほどに重かったと理解したほうがいいかもしれません。父親の言葉というのはもう絶対だった、ここで祝福をした、もうすべての権限を渡した、父親がそう言った、ということでイサク自身も、それがいかに間違いであったとしても、それはわたしがしたことだ、わたしがしたことに責任を取る、そういうものの考え方だったのではないかと思われます。

 

 こうしたことをどう考えたらよいのでしょうか。いろんな考え方をすることができます。ヤコブのしたことは悪かったことなのだけれど、神様の御心はもともとエサウではなくてヤコブのほうだったんだ、だから弟ヤコブはほっといたらイサクの祝福がやってこないから、こんなふうにリベカが計略を図ったんだ。それがそもそも神様の御心だったんだ。というふうに考えることもできなくはありません。そういう、神様は実は……という考え方をすれば都合がいいので、どんなことでも、実はこれが神様の御心だったんだと言われれば、そうなのかなと思わされるところはあります。

 

 けれども、今日のエサウが父親イサクに向かって叫んでいる言葉、「お父さん、祝福はたった一つしかないのですか。このわたしも祝福してください。わたしのお父さん。」こうした箇所を読むときに、仮に今日の箇所で起こっている出来事が神様の御心であったとしても、このエサウの言葉それ自体、この悲痛な叫びは私たちの心に届いてきます。いくら神様の御心だと言われたって、それに納得できない悲しみが人間にはあるのです。

 

 そういう意味で、今日の箇所は、わたしたちに対して複雑なものを教えている、といってよいと思います。ひとつは、ありのままの人間の現実、家族とか部族、あるいは信仰とか、あるいは信仰者の掟、そうしたものが持っている限界というものが教えられています。そして、その限界の中で、思いもかけずに苦しめられることになった一人の人の叫び、このやるせない、どうしようもない、この怒り、悲しみ。そういうものが同時にわたしたちには伝わってきます。

 

 わたしたちは一体どうしたらいいのでしょうか。わたしは先ほど、イエス・キリストの言葉を申し上げました。十字架につけられて叫んでいるイエス様。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」それは単に神様に対して不満や愚痴を言っているのではなくて、わたしがこんなふうになって、神様ご自身が悲しいでしょう? 苦しいでしょう? そういう神様の御心を思う気持ちというものがあふれています。そしてイエス様は命を落とされ、そのあと十字架から降ろされ、そのなきがらは葬られました。そして3日の後によみがえられた、という、その物語が福音書には記されています。

 わたしたちは聖書を繰り返し読むなかで、ある一つの話があれば、そのあとにどんな話があるか、ということを予想しながら読むことができます。今日の話も、エサウヤコブのこんなひどい話があったのだけど、それでもまた、この兄弟は泣きながら再会することになります。そのことを知っていれば、私たちは安心して読むことができるかもしれません。

 

 けれども、私たち一人ひとりの人生は、良いことがあるのだよと言われても、現実の中で起こっているやるせない出来事、それはずるいんじゃないか、としか言いようがないような、本当にやるせない現実、怒り、悲しみ、そういうものに出会います。それは単に個人的な人間関係とか、家族関係だけではなく、世界全体の事柄にも現れてきます。

 

 家族や部族の中での対立、それは世界の国と国の争い、民族と民族の争い、そういうところに現れています。ごく普通にみんなで一緒に暮らそうよ、と堅実に暮らしていれば使うことがなかったのに、なぜか計略が使われておかしなことが起こってしまい、こんなことになってしまう。

 

 そうなった原因はいろいろあるでしょう。こちらも悪いがあちらも悪い。これが問題だったとかあとで言うことはできますけれど、一体なぜこんなことがと思わざるをえない、悲痛な叫びを上げる、それが世界の現実なのであります。

 

 そんな中でエサウの叫びが私たちの耳に届きます。「わたしのお父さん、祝福はたった一つしないのですか。このわたしも祝福してください。わたしのお父さん。」ここには、父親の悲しみを察する言葉があります。その悲しみがあるからこそ、わたしにも祝福を与えてと願うのですが、しかし、与えてもらえないのです。

 神様は、ご自分のなさったことに責任を持たれる方であります。それは、イサクがたとえ間違っていたとしても、自分がしたことは、これは事実なのだと認め続けている、それと同じなのですね。間違ってはいる。しかし、これは事実なのだと。やってしまったことを認めている。自分自身の責任を認めているのです。その責任を何かと取り替えて、ああ、もう一度祝福するよ、と代えることができない。現実というのは、それぐらい重いものがあるのだと。そういうことであります。

 

 もちろん、そういう箇所を読むときに、私たちの心は不満を感じます。神様なんでしょ、何でもできるんでしょ、さっきやった間違いを取り消して正しいことをしてくださいよ、と本当に言いたくなります。たとえば、戦争が起きる前に戻してください。あんなおかしなことが起きる前に戻してくださいよ。神様だったらできるのでしょう。そんなふうにわたしたちは思うのですけれども、そうはなりません。

 取り返しが付かない現実。そのことに神様が責任を持っているのです。だから、祝福をもう一つあげることはできない。そこには、もうどうしようもない、この世の現実の苦しみというものが現れています。その中で、神様は、わたしたちにとって、何でも言うことを聞いてくれる召使いのような存在ではないのです。わたしたちが苦しいといえば助けてくれる、いつでもそうやって助けてくれる。それは私たちの召使いのようになって、そうしてくれるわけではないのです。

 神様がわたしたちを助けてくださるやり方、それは神様しか知っていない。その神様の御心を尋ね求めていく。神様の悲しみ、その悲しみを私たちも自分の悲しみとしつつ、生きていく、その中で将来の道が与えられるのであります。

 

 お祈りをいたします。

 天の神様、言いようのないこの世界、人間の現実の中にあって、それでもまだ生きていきなさいと神様が仰るとき、わたしたちはどうしたらいいのでありましょうか。どうか救ってください。助けてください。そしてエサウヤコブがまた再会したときのように、私たちに平和が与えられますように願います。  

 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお献げいたします。アーメン。




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「天の下にある家族」
 2022年10月16日(日)京北教会 永眠者記念礼拝 説教
                    今井牧夫


 聖 書  ルカによる福音書 15章 11〜32節 (新共同訳)

 

また、イエスは言われた。

「ある人に息子が二人いた。

 弟の方が父親に、

  『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。

 

 それで、父親は財産を二人に分けてやった。

 

 何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、

 そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。

 

 何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、

 彼は食べるにも困り始めた。

 

 それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、

 その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。

 

 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、

 食べ物をくれる人はだれもいなかった。

 

 そこで、彼は我に返って言った。

  『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどのパンがあるのに、

   わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。

 

   「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。

    もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』

 

 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。

 ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、

 憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

 

 息子は言った。

  『お父さん、わたしは天に対しても、
    またお父さんに対しても罪を犯しました。

   もう息子と呼ばれる資格はありません。』

 

 しかし、父親は僕(しもべ)たちに言った。

  『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、

   手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。

   それから、肥えた子牛を連れてきて屠りなさい。

   食べて祝おう。

 

   この息子は、死んでいたのに生き返り、

   いなくなっていたのに見つかったからだ。』

 
 そして、祝宴を始めた。

 
 ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、

 音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。 

 そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。

 

 僕は言った。

  『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、
   お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』

 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。

 

 しかし兄は父親に言った。
  『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。
   言いつけに背いたことは一度もありません。

   それなのに、わたしが友達と宴会をするために、
   子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。
   ところが、あなたのあの息子が、
   娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、
   肥えた子牛を屠っておやりになる。』

 すると、父親は言った。
  『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。

   わたしのものは全部お前のものだ。
   だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。
   いなくなっていたのに見つかったのだ。
   祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

 

 

 (上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
   改行などの文章配置を説教者が変えています。
   新共同訳聖書の著作権日本聖書協会にあります)

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 (以下、礼拝説教)

 

 本日は京北教会において、永眠者記念礼拝の日を迎えました。遠方から、また近い所から、いろいろな所からご遺族の皆様、またこの礼拝に参集してこられた方が集まって下さり、心より感謝を申し上げます。コロナ問題が始まってもう3年目となりました。京北教会では礼拝堂に空気清浄機を設置しました。また、マスク着用や手の消毒など、皆様にご協力を願って万全の構えで、この礼拝をしています。

 

 コロナ問題が始まってから、社会のいろんなことが変わりました。その中で私たちも、自分の生活を変えながら歩んで参りました。そして、今日こうして永眠者記念礼拝に、たくさんの皆様が来て下さいましたことを心より感謝いたします。今年の夏は特に長く暑かったような気がいたします。暑い暑いといって過ごしていたら、急に寒さを感じるほどに涼しくなり、やっと秋になった、そんな感じがする中、いま私たちは永眠者記念のときを迎えました。

 

 本日、この礼拝のなかで追悼のときに、永眠者記念名簿の朗読をいたします。この京北教会の創立110年を超える歴史の中で、たくさんの方々がこの教会につながり、そして天に召されていかれました。その方たちを記念する日であります。

 今日の午後には故梅本和江さんの納骨式を墓前礼拝の中でいたします。また、つい最近、故濱口久寿子さんの納骨式を三重県の賢島にて行って参りました。そうして一年一年経つ中で、新たに永眠者記念礼拝に加えられる方々がおられ、そのご遺族の方々とまたこうして教会で、お会いしてつながっていけることを心より神様の導きとして感謝をしております。

 

 私たちにとって、家族を失うことの悲しみ、それは本当の意味では癒えることはないのかもしれません。寂しさというものは、いつまでも付きまといます。しかし一方で、その寂しさの向こうに何があるのだろうかと、私たちは考えることが出来ます。大切な家族を失った寂しさ、その寂しさということを通して尋ね求めていくときに、そこに神様の守りと導きに私たちは出会うのであります。

 

 本日選ばせていただきました聖書の箇所は、ルカによる福音書15章でありまして、ここには新共同訳聖書では「放蕩息子のたとえ」という小見出しが付けられています。聖書の放蕩息子の話というと、どこかで聞いたことがあるような話だと覚えておられるかと思います。今日ここで皆様と共にお読みした、この物語、特に解説のいらない、読んでわかりやすいお話であるのではないかと思われます。

 

 今日、永眠者記念礼拝という、先に天に召された方々を記念する、その礼拝においてこの放蕩息子の箇所を選びましたのは、今日の箇所の中に、こういう言葉があるからです。24節にこうあります。「この息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」

 放蕩息子、親の財産を親が死ぬ前に先にせしめて、それを持って街へ遊びに行ってすっからかんになってしまった、どうしようもない放蕩息子。その放蕩息子が食べるものがなくなって、仕事をしても腹一杯になることができず、貧しさの中でもう一度は出て行ったその家に帰ろうと決めて帰ってきたときに、父親は遠くから息子の姿を見つけて、走り寄って首を抱き接吻したとあります。

 息子は言いました。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。」このように言う息子に父親は言いました。「急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れてきて屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」そして、祝宴を始めた、とあります。

 

 この放蕩息子は実際には、死んでいたわけではありません。生きていました。しかし、父親は言うのです。「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」これが父親からの言葉でありました。

 息子の側はどうだったでありましょうか。12節で、この息子、二人いた息子のうちの弟が、「お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください」と言いました。それで、父親は財産を二人に分けてやった、とあります。普通ならば、父親が死んだあとに分けてもらえる財産、それを今から先に分けてください、というときに、それは父親の死ということ、それを前倒しして言っているのです。

 私にとってお父さんは、死んだのと同じと思って、財産を分けてください、そうやって息子のほうは父親の存在を自分の中で、もう死んだものとしたのです。そして、もらえるはずの財産を先にもらって、街に行って放蕩の限りを尽くし、何もかも使い尽くしたとあります。息子にとって父親はもう死んだものでありました。

 けれども、そうやって財産をせしめて使い尽くして、何もなくなってしまったとき、そしてもう食べるものもなくなってしまったとき、豚を飼って、豚の食べるいなご豆でも食べて腹を満たしたかったぐらい、貧しかった、それでも食べ物をくれる人は誰もいなかった。そのときに父親のことを思い出して帰って行くのです。もう死んだものとしていた父親のところに帰って行くのです。

 

 父親としては、そうしてもう財産を分け与えていた息子は、もう死んだも同然でありました。けれども、ここで息子が帰ってきたときに、「この息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ」と言います。この箇所は、人間の罪深さとか、その罪深さというものを悔い改めたときの人間の様子、そしてその悔い改めを受けてゆるしてくださる神様の御心、そうしたものとして理解をされています。

 

 人間性と神様の恵み、そういう対比といいますか、そういうものがあり、それを信じる物語と読むことが出来ます。しかし、今日、永眠者記念礼拝の日にこの箇所を選ばせていただいたのは、この聖書箇所には「死」という言葉が出ているからであります。

 死というものは、私たちを永遠に引き裂いているものだと私たちは思っています。人が死ぬ。もうそこで、その人と出会うことはない。天にお見送りしたあと、地上で出会うことはないのです。死とは人と人との関係をふさいでいくのであります。そこに悲しみや寂しさがあります。もう出会うことはない、だからこそ記念をするものでありましょう。

 

 けれども、今日のこの放蕩息子のたとえ話は、死んだはずだったお互いの存在が、こうした不思議な形で神様によって再び出会っていく、そのときに父親は大喜びで放蕩息子を迎えてくれて、一番いい食べ物を出して、一番いい服を出して、一番いい履物を出して、迎えてくれるというのです。

 

 私は本日の聖書箇所を読んで、このように思いました。私たちが人生を生きて、いつか死んでいく、それは実はこういうことではないのかと。そう言えばどうでしょうか。皆様はどう思われるでしょうか。私はそんな放蕩息子にようなことはしてきていません、実直に生きてきました、という方は多いと思います。そんな、お父さんに財産をせしめたり、そんな悪いことをしたり、そんなことはしてこなかった、という人も多いでありましょう。

 

 けれども、どうでしょうか。私はいろいろ考えていたときに、一人の人間が生きていくということは、どんなに実直に生きていたとしても、しかし与えられた命というものを本当の意味で良いことのために、神様の御心のために使い尽くすというようなことをしてきたのだろうか、と思うのです。実際は、自分がやりたいようにやってきただけじゃないのか。

 そして、いわゆる犯罪というようなことは、もしかしたら、してこなかったかもしれないけれど、自分の命を本当の意味で神様のために、隣人のために、あるいは社会のために、みんなのために使ってきただろうか、と考えてきたときに、いや、そうではなかったなあ、ということを私は振り返るのです。

 

 私もまた放蕩してきたんだなあ、と思います。実直に牧師の仕事をしてきたと思うのですが、いやいや、私もまた放蕩息子と一緒で、与えられた命を十分に使うことはしてこなかった。もっとこれこれのことをください、と人生の中でたくさんのことを祈ってきました。しかし、私の人生の中で他の人たちにどれだけのことを与えてきただろうか、と思ったときに、私もまた神様から与えられてきた財産を無駄遣いしてきた放蕩息子であるということを感じるようになりました。

 

 そのような放蕩息子である私の人生は、おそらく死ぬまで同じじゃないかな、と思ったのです。そんなに悔い改めたり、良い人になったりすることはできません。そんなことを思いながら、いつか私も死んでいく、その私が神様にどんなふうに迎えられるのだろうか、と考えたとき、私もまた、神様の所に帰っていきたい、放蕩息子だけど帰っていきたい、そのことを思いました。皆様はどうでしょうか。

 

 死んだと思ったとき、私がいつか死ぬ、そう思ったとき、私の人生は何だったのだろうかと思う、そのときに、この人生は空しかったとか、死ねばそれでもうすべてが終わるのだと言って消えていく、そういう人生観ももちろんあるでしょう。それを否定はしません。

 

 けれども一方で、死んでいたのに生き返ったのだ、いなくなっていたのに見つかったからだ、と言って喜んでくださる天の神様がいらっしゃる、ということを聖書は教えています。

 

 死というものによって引き裂かれたはずの、私と神様の関係、あるいは、私と家族の関係が、天国において回復をするのであります。そして、祝宴が、お祝いのときが始まるのです。そんなふうに考えることも、できるのであります。

 

 けれども、そのような考え方をしたならば、それに対して、眉をひそめるといいますか、そんなことは本当じゃない、と思われる方もいるかもしれません。今日の聖書箇所の後半には、この弟の放蕩息子に対して実直に暮らしてきたお兄さんの話も25節以降にあります。

 

 「ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』」

 「兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。しかし兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』」

 

 ここには、実直に働いてきた兄の怒りが爆発しています。父親の財産を先にせしめて、どこかに行って放蕩して、すっからかんになって帰ってきた、もう死んだと思っていた弟がまだ生きていて、そんな弟が帰ってきたからといってパーティーをするのか、と兄は怒っています。

 

 「すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」

 

 ここで出てくる父親は、神様のことを表しています。一人ひとりの人間の生涯については、いろいろな感想があるでしょう。その一人の人が生きたということの意味をどう考えるか、その生涯はどんなものであったか、放蕩息子のような人もあれば、この実直な兄のような人もいる。いろいろな人がいます。

 

 けれども、ここで天の父なる神様は、お前のあの弟は、死んでいたのに生き返った、いなくなっていたのに見つかった、と言ってくれるのです。死んでいたのに生き返った、それは見えなくなっていたものを発見した、ということでもあります。

 私たちは今日、この現代の日本社会の中を生きています。人の死というものが私たちの関係というものを引き裂いていきます。けれども、自分自身が死を迎えるときに、自分よりも先に天に召されていった家族とまた、天国で再会する、聖書においてそのことは復活として記されています。

 

 それはとても不思議なことでありますけれども、それは単に古代の人たちの宗教的な考え方というだけではなくて、今の私たちにとっても大きな希望であります。

 死というものが私たちを完全に引き裂いて、私たちを孤独にする、それで人生が終わるのでなく、人生の終わりに死を迎えるときに、そのときに私たちはまた家族と出会うことができるのであります。今日の放蕩息子の話では、出て行った息子が帰ってきて父親と和解をする話であります。お互いに条件を出し合って計算して和解するのではなく、お父さんが一方的に100%受け入れてくれる、そういう形で和解があるのです。

 

 今の社会において、毎日のようにニュースに出てマスコミを賑わせているのは、ある新興宗教の問題であります。「宗教2世」というような、今まであまり聞いたことのない言葉が使われています。ある宗教を信じることにおいて、その家族の中で子どもがどんなふうな目に合わされてきたか、どんなふうな状況に置かれてきたか、ということがニュースの中で明らかにされていきます。

 この問題はいろんな考え方があります。そしてまた、宗教というものが持つ問題、恐ろしさ、不気味さ、そういうことも私たちはまた感じるのです。

 

 では、現代日本社会にあって、キリスト教において聖書を読むということは、どういう意味があるでしょうか。今日の聖書箇所にはっきりと示されています。私たちは神様を信じるということは、神様によって縛られることではなくて、神様と和解して、神様にゆるされて、そして自由にされる、ということであります。神様を信じることによって、神様に縛られるのではなく、神様を信じることによって、神様と和解し、神様によって自由を与えられて、私たちは自由に生きる者となります。

 

 食べる物のない苦しみの中で、父親のところに戻ってきた放蕩息子を、父親が100%受け入れて許しました。神様の御心はここにあるのです。家族というものは、ときに人を圧迫し、ときに人を苦しめます。宗教というものも、ときに人を圧迫し、人を苦しめます。けれども聖書が伝えていることは、そうした家族や宗教のあり方ではありません。

 今日の説教題は「天の下にある家族」と題させていただきました。家族というものが、私たちの一番上にあるのではありません。その上に「天」があります。神様がおられる所、神様のまなざしというものが一番上にあって、そのもとで家族というものは生きています。信じることによって縛られる家族ではなく、信じることによって和解し自由にされる家族です。

 今日の聖書箇所において、対立している父親と子ども、そして対立しているお兄さんと弟、それらが、この弟が帰ってくることによって和解へと導かれていきます。私たち一人ひとりが残された人生をこれから歩みます。いろいろなことがあるでしょう。でも、与えられた命を全うして充実して、それぞれに楽しく、また自由に元気でがんばっていきたい、私はそのことを皆様と共に願う者であります。

 そしていつか、自分自身が死を迎えるときには、放蕩息子がお父さんの所に帰ってきたように、本当に神様に受け入れられることを心から願い、信じて、そして天に送ったそれぞれのご家族と天国でまたお会いすることができる、そのときにいろんなことをまた語り合って、許し合って、天において共にいたい、そのことを皆様と共に願う者であります。

 

 お祈りいたします。
 天の神様、私たちが生きるこの社会において、一人ひとりの人間、またそれぞれのご家族が、いろいろな課題を抱えて懸命に生きています。その中で一人また一人と、私たちの大切な家族を天に送ります。また私たち自身も、いつかそのときが来ることを想定しながら生きています。本当に限られた短い時間であったとしても、与えられた人生の時間、神様のまなざしのもとで元気にすこやかに、神様の与えてくださった御心のままに、生きることができますように、一人ひとりを守り導いてください。そして今は天に帰っていった、先達の一人ひとりに感謝し、これからも天に帰られた皆様を記念して、みんなで歩むことができますように導いてください。

 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して、御前にお献げいたします。
 アーメン。

 

 

 

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「恵みを無にせず」
    2022年10月23日(日)京北教会 礼拝説教 今井牧夫

 聖 書 ガラテヤの信徒への手紙 2章 15〜21節 (新共同訳)

 

 わたしたちは生まれながらのユダヤ人であって、

 異邦人のような罪人ではありません。  

 けれども、

 人は律法の実行ではなく、

 ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、

 わたしたちもキリスト・イエスを信じました。

 

 これは、

 律法の実行ではなく、

 キリストへの信仰によって義としていただくためでした。

 

 なぜなら、

 律法の実行者によっては、だれ一人として義とされないからです。

 

 もしわたしたちが、
    キリストによって義とされるように努めながら、

 自分自身も罪人であるなら、
   キリストは罪に仕える者ということになるのでしょうか。

 

 決してそうではない。

 もし自分で打ち壊したものを再び建てるとすれば、

 わたしは自分が違反者であると証明することになります。

 

 わたしは神に対して生きるために、
    律法に対しては律法によって死んだのです。

 わたしは、キリストと共に十字架につけられています。

 

 生きているのは、

 もはやわたしではありません。

 キリストがわたしの内に生きておられるのです。

 

 わたしが今、

 肉において生きているのは、

 わたしを愛し、
 わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。
 

 わたしは、神の恵みを無にはしません。

 もし、
    人が律法のお陰で義とされるとすれば、

 それこそ、キリストの死は無意味になってしまいます。  

 

 

 

 

 (上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
   改行などの文章配置を説教者が変えています。
   新共同訳聖書の著作権日本聖書協会にあります)

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 (以下、礼拝説教)

 

 毎週の礼拝において、マルコによる福音書使徒パウロの手紙、旧約聖書、その3箇所から順番に選んで読んでいます。今日の聖書箇所はパウロの手紙であります、ガラテヤの信徒への手紙2章です。

 今日の箇所には、新共同訳聖書では「すべての人は信仰によって義とされる」という小見出しが付けられてます。こうした小見出しは、元々の聖書にはなく、新共同訳聖書が作られるときに読み手の便宜を図って付けられたものであります。

 今日の箇所に記されている内容は、プロテスタント教会の信仰において大切な、「信仰義認」ということを教えています。

 

 それは、人間が神様に救われることにおいて、何かの良い行いをしたらか救われるという、行い、行為によって救われるのではなくて、神様に対する信仰、その心の中で神様を心から信じる、その信仰によって救われる。そのことが「信仰義認」という言葉の意味であります。そのことがここではっきりと語られています。

 今日の聖書箇所においては、「行い」という言葉は出てきていませんけれども、「律法」そして律法の「実行」という言葉が出てきています。これがまさに「行い」ということであります。律法、それは旧約聖書に記されたモーセ十戒を始めとする、様々な掟(おきて)であります。

 

 神様を信じる信仰における掟。そして同時に、ふだんの生活の中にある様々なことを律する掟、それが律法であり、それをしっかりと守って行うことによって、人間は救われると考えていた人々に対して、主イエス・キリストが宣べ伝えられた 「神の国」の福音というものは、そうした律法を守ることによって人間が救われるのではなくて、神様に対する信仰によってのみ、救われる。そうした考えでありました。

 そのイエス・キリストの福音を聞いた人たちは、そのことによって、それまでの律法に縛られた生活から解放されたのであります。そして同時に、その律法を守ろうとしても守れなかった、その限界において人間の罪ということを、人々は深く感じておりました。その罪ということからも救われたのであります。

 

 そうした信仰というものを使徒パウロは、宣べ伝えていました。使徒パウロは、直接にイエス様に出会うことはありませんでした。十字架に架けられて死なれる、その前の、いわば生前のイエス様とパウロが直接に出会うことは一度もありませんでした。そしてパウロ自身は熱心な律法学者として、クリスチャンを迫害する立場に立っていた人間であります。

 

 ユダヤとして選ばれた血統のもとに生まれた者、そして子どものときから律法を学んで、律法学者として歩んできたパウロ。そのパウロにとって、イエス・キリストの「神の国の福音」というものは、信じがたいものであり、また、許しがたいものでありました。旧約聖書に記された大切な律法、神様から与えられた掟、これをしっかり守ることによって人は救われるのに、それを守れなくても、ただ神への信仰によって救われると宣べ伝えるクリスチャンたちは、パウロにとって敵でありました。

 

 けれども、あるときにパウロは突然、目が見えなくなりました。その暗闇の中でパウロは絶望のどん底に落ち、その中からイエス・キリストの言葉を、その暗闇の中で、自分の心において聞いたのでありました。

 

 そこからパウロの回心が始まります。そしてパウロは今度は律法学者の立場を捨てて、イエス・キリストを宣べ伝える伝道者となりました。そのパウロの伝道というものが、どのようにしてなされていたのか、ということが、このガラテヤの信徒への手紙には、よくわかる形で書かれてあります。

 

 それは、今日の箇所の少し前の所に書かれているのでありますが、パウロは直接にイエス様に出会ったことのない人であったことから、自分がイエス・キリストを宣べ伝えるということについて、生前のイエス様のことをよく知っている、イエス様の12人弟子たち、ペトロたちのグループの教会の人たちに会いに行ったのです。

 

 そして、そのグループの人たちから認められて、伝道者として歩み、また「使徒」という名前で呼ばれるイエス様の12弟子たちと同じく、「使徒」という呼び方を得ることができました。そこからパウロは、ペトロたちの教会ともつながって地中海沿岸に伝道することになったのです。

 そのときにパウロが伝えていたイエス・キリストの福音というものは、旧約聖書の律法を守るとによってではなく、ただ信仰によってのみ救われる、という信仰でありました。しかし、一方で都エルサレムを中心とした、使徒ペトロたちの教会の人たちの中には、旧約聖書の律法を守るべきだと考える人たちもいました。そうした影響が強かったのです。

 

 そこでパウロとペトロたちは、お互いの意見の相違を見ました。そこで会議を開いたのです。それがエルサレム会議と呼ばれていることなのでありますが、その会議において、ペトロたち12人の弟子たちの教会と、それからパウロたちの教会の人たちが、共に話し合って一致した結論、それはやはり律法を守って救われるのではなく、ただ信仰によってのみ、人は神様に救われるということでありました。

 

 しかし同時に、その律法を堅く信じて実行している人たちの心を傷つけない、その人たちのことも十分に理解して伝道する、そうしたことにおいて一致を見たのであります。それが2章の前半に書いてあることでありまして、そうしたエルサレム会議、そしてまたペトロとの関係においては、いくらかの時間をかけてお互いの考え方を調整していく、そういう時間が必要だったことがわかることが書いてあります。

 

 パウロからペトロに対する率直な批判の言葉もあったことが、書いてあります。そうした所を読みますと長いので、今日はそうした聖書箇所は読むことを割愛して、そうした話のあとの15節以降を本日の礼拝では選んでいます。

 パウロはこのように言っています。「わたしたちは生まれながらのユダヤ人であって、異邦人のような罪人ではありません。」

 異邦人、それは外国人ということであり、この時代においては、パウロたちにとって、それはギリシャ人、あるいは地中海沿岸地域の様々な民族、そうした人々が異邦人として言われています。その人たちが、ここでパウロから「罪人」と呼ばれているのは、「本当の神様を知らない人たち」という意味で「罪人」と呼ばれています。ですから、何かの悪いことをした人々という意味ではなくて、本当の神様を知らないという意味で罪人と呼ばれています。

 それに対してユダヤ人の人たちは、旧約聖書を大切に読んできました。自分たちの信仰の書としてきました。そういう意味では本当の神様を知っているという意味で、パウロたちは罪人ではないのです。

 しかし次にこう言います。 
「けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行者によっては、だれ一人として義とされないからです。」

 

 パウロはここで律法を実行できる人もいるし、できない人もいると分けています。そして、実行できる人は律法で救われるのだけれど、律法を実行できない人は律法ではなく信仰によって救われる、というような二段構えのことを言っているのではなく、律法の実行によってはもう誰一人として義とされない、それでは救われない、ということを、ここで言い切っています。ということは、律法を守ること、それ自体が神様に救われる道ではない、ということであります。

 

「もしわたしたちが、キリストによって義とされるように努めながら、自分自身も罪人であるなら、キリストは罪に仕える者ということになるのでしょうか。決してそうではない。もし自分で打ち壊したものを再び建てるとすれば、わたしは自分が違反者であると証明することになります。わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。」

 

 このあたりは、少し意味が取りにくいたとえ話になっていますけれども、要は「律法によって救われる」ことはないのだと。もしパウロが今から「やっぱり律法も大事だ」と言い出したら、おかなしことになってしまう。自分で打ち壊したものをもう一回建てることになってしまう。

 

 もし自分が律法のために、律法に仕える者になるならば、そのことは自分自身が罪人であることを示すことになり、すると私たちを救ってくださったキリストが、罪に仕える者になってしまう。そんなことは決してない、ということをパウロはここで言っているのです。

 これは少しわかりにくいたとえではありますけれども、もはや自分たちはイエス・キリストによって律法から解放されたのであるから、もうその律法のもとで生きる道には戻らない。決して戻ってはならない。戻ることはないということを強調しているのであります。

 そしてさらに19節でこう言います。「わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。」

 これもパウロ独特の言い方でありますけれども、パウロはかつて律法学者として律法を守ることによって救われようとしてきました。しかし、それでは救われなかったのです。突然目が見えなくなった、その暗闇の中で、パウロはもはや自分が律法を守ることができなくなったことを痛感しました。

 もはや目が見えなくなったときに、今までのように聖書を読み、聖書に書いてあることを実行して生きていくことが、その障害によってできなくなる、そのとき初めてパウロは自分が一番大事にしていた律法が、自分という存在を滅ぼしていくものである、律法の規定に従えば自分は汚れたものとなり、排除された者となる。そのことをパウロは身を以て経験したのであります。そしてそのように、律法によって死ぬ。律法によればもう自分は死ぬしかない、パウロはそのようにここで表現しています。

 「わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」

 ここにパウロの、イエス・キリストへの信仰がはっきりと表されています。私はキリストと共に死んだ、共に十字架につけられている。律法によっては自分は救われることはなかった。ちょっと言葉を変えて言えば、宗教の決まりを守ることによって、自分は救われることはなかった。かえって、その宗教の決まりによって自分は滅ぼされることになった。そういうパウロの思いが、イエス・キリストの十字架の死ということに重ねられているのであります。

 

 そうして自分は、律法によって死んだ。だから、「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」と言っているときに、それは、十字架で死なれたイエス様が復活なされた、その復活なされたイエス様が、この私の中におられるから、私はいま生きているのだ、そういう信仰であります。

 それは、科学的な意味の何かを言っているのではありません。十字架につけられて死なれたイエス様が、自分の中に入って何かして下さっている、ということを科学的な意味で考えると、意味がわからなくなってきますね。パウロはそうしたことを言っているのではありません。あくまで信仰においてのことです。

 パウロにとって、自分という存在は、律法によって生きることができなかったのです。律法を守る生活というものを続けていったら、その最終地点には、イエス・キリストを十字架につける、つまり神の子を拒否し、十字架につける、そのような道が待っていた。それが最終地点だった。その最終地点を越えてイエス様は私たちのために復活なされた。それは律法によっては決して救われない私たちが、律法ではなく神様の愛によって生きるということ。

 

 キリストの復活ということは、神の愛の最大の表れであります。律法において生きること、つまり人間の努力によって生きること、一生懸命に行いを清くして正しく生きるということ、それでは救われなかった。その道の最後は、イエス・キリストの十字架の死であった。それと同じように、パウロもまた自らの死というものを、律法の前での死という意味で経験しているのです。

 律法では救われない。しかし、そんな私を生かしてくださるのは、神の愛によって、イエス・キリストが復活なされたこと。そのイエス・キリストが私の内に来て下さったから、いま私は生きているのだ、とパウロは言っています。

 それは、パウロが目が見えなくなったときに、暗闇の中で、絶望の中で、イエス・キリストの言葉を初めて聞いた、そのときに、「あ、イエス様という方は、どこかの遠くにおられるのではなくて、この私の中にいて、私に言葉を語りかけてくださる方なのだ」ということをパウロは知ったのでした。そのことから、「キリストがわたしの内に生きておられるのです」とパウロは言うのです。

 

 そして、こう続けます。「わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。」

 さらにこう続きます。「わたしは、神の恵みを無にはしません。もし、人が律法のお陰で義とされるとすれば、それこそ、キリストの死は無意味になってしまいます。」

 

 ここでパウロは最後にもう一度、律法によってではなく、信仰によって私たちは救われる、もしそれを否定するのであれば、つまり、また律法をしっかり守ろうという生活に戻るならば、キリストの死は無意味になってしまう、ということをここで強調しているのであります。

 今日の聖書箇所は、このようなことであります。皆さんの心には、今日の箇所でどの言葉が一番心に残ったでありましょうか。

 私は今日の箇所を読んでいて、20節の後半の言葉が特に心に残りました。こういう言葉です。「わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。」パウロはこのように言っています。

 ここには、私のために身を献げられた神の子、という言葉があります。これは、イエス・キリストの十字架の死のことを指しています。イエス様が十字架に架けられて死なれたのは、私のためであった。私のためにイエス様が身を献げて下さったのだと、パウロは言っています。

 

 この箇所を私は読んで、ふっと思いました。私は今まで、こんなふうに思ったことがあるだろうか、と思ったのです。私は今まで聖書を読んできて、イエス様を信じてきました。今も信じています。いろんな思いを持って信じています。でも、その中で、イエス様が私のために十字架に架かられた、私のために身を献げられた、という、この言葉を読んだときに、イエス様が私のために身を捨ててくださった、そう思ったことがあるかな、とふと思ったのです。

 

 それは、イエス様が十字架で死なれたのは、みんなのためであった、ということを私はずっと思っていたからです。すべての人のためにイエス様はご自分の命を献げられた。あらゆる人のために。それはイエス様がおられた時代の人たちのことだけではなくて、世界のすべての人間のために、いま生きている私たち一人ひとりのためにも、イエス様は死なれた。そこに神様の御心が現れていると私は信じてきました。みんなのために死なれた、と思っていたのです。

 

 ですから、今日の聖書箇所を読んだときに、パウロが「わたしのために身を献げられた」と書いているのを読んだときに、わたしはそう思ってきただろうか? とふと思ったのです。もちろん、みんなのために献げてくださったのであれば、そのみんなの中にこの私もはいっていますから、そういう意味で私のためにも死なれたということは私も信じてきました。

 

 けれどもパウロが、「わたしのために」と言っているとき、イエス様が私のために死んで下さったということ、十字架の死ということが私たちのために身代わりとなって死なれたということでありますけれど、私たちの罪を背負って死なれたイエス様、それはこの私のためであった、という、この言葉に何か釘付けにされるような思いになりました。

 

 というのは、そこまでイエス様の十字架の死ということを、この私個人に関することとしてリアルに感じたことが、もしかしたらあまりなかったのかなあ、ということを思ったのです。皆様はどうでしょうか。

 正直、イエス様の時代から2000年経ったこの現代において、私たちはこうして聖書を読んでいて、ここに書いていることについていろんなことを思いますけれども、イエス様が自分のために死んでくださった、それはどういうことなのだろうかと思うとき、何かそこにピンとこない感覚というものがあるのではないかな、と私は思うのです。

 

 確かに聖書の中にはそういうことが書いてあります。そこにキリスト教信仰の核心があるのでしょう。でも、この私にはピンと来ないなあ。そういう気持ちになるのです。そして、では、この私のために身を献げられた神の子、私のためにという、この言葉に何かひっかかるのですね。

 そして、私のために、というときに、私のために何かしてくれた人がいるだろうか、と思ったとき、私の親が私のためにしてくれたいろんなことでありました。また、私はずっと教会で仕事をして生きてきました。私のためにいろんなことをしてくださいました。本当に一つひとつ感謝をしているのです。

 

 でも、それと同じように、イエス・キリストが私のために何かして下さったという気持ちを持ったことがあるだろうか、と考えたときに、だんだんわからなくなってきました。そして逆に、そういうことを考えている内に、だんだんとわかってきたことがあります。

 

 まさに、そういうことが大事なのではないのか。神様が私のために神の子を献げてくださったとか、イエス・キリストが私のために死んで下さったということが、ピンと来ない、ということに、まさに人間の罪ということがあるのではないか、ということを思いました。

 

 罪、それは、的外れという意味の言葉です。原語においては。そして、的外れというだけではありません。私はいろいろ考えました。無頓着(むとんちゃく)ということも、罪の一つかなあと思ったのです。つまり、私のためにいろんな人がいろんなことをしてくれている、そのことへの感謝、それを本当に感じてきただろうか、ということを思うのです。

 

 そして何よりも、神様がこの私のためにして下さったこと、神の子が自らの命を献げて下さったこと、そのことを聖書の中で言葉としていくら読んでも、ピンと来ないで、どこか遠くの世界のことだと思っている。宗教の枠の中でしか理解していない。そういう自分というものに気がつくのです。

 

 実は、人間の罪とは、そういうことではないかと思うのです。自分が生きたいように生きている、そう思っている。それはいいことかもしれません。人間ですから。けれど一方で、その人間のために神様が何をして下さっているのか、ということを知らないのであれば、それはやはり神様に対する恩知らずであり、無知であり、無頓着であり、そこにこそ、神を知っているようで本当には神を知ろうとしない、本当には神を信じようとしない、その人間の罪があるのではないかと思うのであります。

 

 使徒パウロは、自ら律法学者として一生懸命に生きていたときは、イエス・キリストの福音がピンと来ないものでした。そればかりか否定していたのです。クリスチャンを見れば牢屋に入れるために迫害をして回っていたのです。ところが、その迫害の途中で突然目が見えなくなったとき、地面に崩れ落ちて、そしてパウロは暗闇の中でイエス・キリストの言葉をほ聞いたのであります。

 

 パウロの回心は、今日の、現代日本社会に生きている私たちにとっても、やはり大切なことであると思います。神様は私たちのために、身を削って下さった。身を献げて下さった。イエス・キリストはこの私のために身を献げて下さった。そのことがわからない、というときに、私たちは神様からの愛を拒否しています。

 意識的にそうではなくても、無頓着であります。そして、そのことにおいて、他者との関係、隣人との関係もうまく行かないのではないのでしょうか。本当に感謝すべき人、感謝すべき方を、私たちはわかっているでしょうか。そうした問いかけが、今日の聖書箇所から私たちにのもとに示されていると思うのです。

 

 「神の恵みを無にはしません」という、このパウロの言葉をしっかりと受け止めたいと願うものであります。

 

 お祈りをいたします。
 天の神様、私たちが気づかずに罪を犯して、そしてそのことによって、大切な隣人、隣り人の人たちの心の傷や痛みにも気づかずに、自分本位に生きてきたことを心より悔い改めます。聖書の言葉を通して教えられる、神様の御心、イエス・キリストの十字架の死の真の意味、そして神様の愛の最大の表れである復活のこと、私たちにとってそれが知恵では理解できなくても、信仰において受け止め、神様の大きな恵みにあって、一人ひとり生かされていくことができますように、心より願います。

 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して、御前にお献げいたします。
 アーメン。

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「見捨てない約束です」
 2022年10月30日(日)京北教会 礼拝説教 今井牧夫

 聖 書  創世記 28章 10〜17節 (新共同訳)

 

 ヤコブはベェル・シェバを立ってハランへと向かった。

 とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。

 

 ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、
 その場所に横たわった。

 すると、彼は夢を見た。

 先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、

 しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。

 

 見よ、主が傍らに立って言われた。
 「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。


  あなたが今横たわっているこの土地を、

  あなたとあなたの子孫に与える。

 

  あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、
  西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。
  地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。
 

  見よ、わたしはあなたと共にいる。
  あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
  わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

 ヤコブは眠りから覚めて言った。
 「まことに主がこの場所におられるのに、
  わたしは知らなかった。」

 そして、恐れおののいて言った。
 「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。
  これはまさしく神の家である。
   そうだ、ここは天の門だ。」






 (上記の新共同訳聖書からの抜粋掲示では、
   改行などの文章配置を説教者が変えています。
   新共同訳聖書の著作権日本聖書協会にあります)

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 (以下、礼拝説教)

 

 最近の京北教会では、礼拝で読む聖書箇所を、マルコによる福音書使徒パウロの手紙、そして旧約聖書、その3箇所から選んで毎週順番に読んでいます。今日の聖書箇所は旧約聖書の創世記28章であります。

 

 ここには「ヤコブの夢」という小見出しが付けられています。こうした小見出しは、元々の聖書にはなく、新共同訳聖書が作られたときに、読み手の便宜を図って付けられたものであります。今日の箇所に書かれてあることはヤコブの夢ということだけではなくて、ヤコブの信仰ということ、神様との出会い、そして礼拝ということなど、いろいろなことがここには書かれています。

 

 旧約聖書においては、たくさんの登場人物がありますが、その中で特に重要な人の名前は、アブラハム、イサク、そしてヤコブ、この三人の名前がまず出てきます。

 

 それは、旧約聖書全体の中でイスラエルの歴史ということが大変大切なものとして、神様に選ばれた民の歴史として書かれているのですが、そのイスラエルの民のもともとの発端は、本当に小さな部族、人の群れであったのですが、その族長であったアブラハムという人にさかのぼる、というのが旧約聖書に書かれている伝承であります。

 

 そして、アブラハムの子どもイサク、そのまた子どもがヤコブ。そしてそのあとの子どもがヨセフ、というように続いていくのですが、「アブラハム・イサク・ヤコブ」の三人はイスラエルの民の一番発端の時代においての、親・子・孫であったということで、聖書の中では特に大切にしているのであります。

 

 今日の箇所には、そのヤコブが登場いたします。前にも礼拝の中でお読みしましたけれども、父親のイサクと息子のヤコブの間には大変な問題がありました。

 

 それは、イサクの子どもはエサウというお兄さんと弟のヤコブという、双子の兄弟だったのでありますが、お父さんのイサクの長男の権利というものを本当はエサウが得るはずだったのですが、それをヤコブの母リベカの計略によって、ヤコブが長男の権利をお兄さんから奪い取ってしまった、という大変な出来事があったのです。

 

 そのことがあったために、弟のヤコブを兄のエサウは憎み、殺そうとまで考えます。その事を知った母リベカはなんとかヤコブを逃がそうとします。そしてヤコブは遠方の地に逃亡することになったのであります。その逃亡をしている途中のときの話が、本日の創世記28章10節以降の物語であります。

 

 10節から読んでいきます。「ヤコブはベェル・シェバを立ってハランへと向かった。とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、その場所に横たわった。」とあります。

 野宿をしたのです。先ほど歌いました讃美歌21の434番の歌詞は、実は今日の聖書箇所、創世記28章を元にした歌詞でありますので、またあとで、讃美歌の歌詞と今日の箇所を対照していただけたら、内容がよく分かると思います。

 

 さらにこうあります。
 「すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。」

 天に達する階段というものが延びてきていた。そして、神様の御使い、天使たちがそれを上ったり下ったりしていた。そういう夢を見たというのです。

 

 さらにこう続きます。
 「見よ、主が傍らに立って言われた。『わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。」
 

 このように神様が約束をして下さったのであります。ここで「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である」と言われるとき、それは抽象的な意味での神様ということではなくて、あなたのお父さんにとっての神、そして、あなたのおじいさんにとっての神、つまり、代々のあなたたちの部族の神、主である、と神様が言われているのです。

 

 これは神様ご自身が、抽象的な神様ではなくて、具体的に人間に関わって共に歩んでくださる、この人間の歴史を一緒になって作って下さっている神様、そういうことがここで言われています。そういう、歴史を共に作って下さる神様が、いまヤコブが野宿で横たわっている土地を、あなたとあなたの子孫に与える、そしてあなたの子孫が大地の砂粒のように多くなり、広がっていくというのです。

 将来のヤコブの子孫の繁栄、そしてここがヤコブに与えられた土地である、ということが言われているのであります。そして「地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る」とあるのは、これは単にヤコブの一族だけがその土地を独占し、ヤコブの一族だけが幸せになるということではありません。

 この世界に生きるすべての民は皆、ヤコブの子孫によって神様の祝福に入ることができる、それぐらいの大切な使命をヤコブとその子孫は持つ。そのように、世界全体の平和のために世界全体を祝福するために、ここでヤコブにこの土地が与えられると仰るのでありました。

 

 そしてその後の15節でこう言われます。

 「『見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。』」

 

 このように神様がヤコブに対して夢の中で約束して下さいました。それを聞いてヤコブは目が覚めて言います。

 「ヤコブは眠りから覚めて言った。『まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。』」

 

 ヤコブは何にも気がついていなかったのですが、たまたま野宿して、石を枕にして寝た所が実は神様とつながる礼拝の場所だったのです。

「そして、恐れおののいて言った。『ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。』」

 天につながる門、天と地をつなぐ、そういう場所としての門であります。そしてヤコブは次の朝早く起きて、その枕にしていた石を取って記念日として建てた。そしてその場所をベテルと名付けたとあります。

 そしてヤコブ誓願を立てて言います。ここでこの神様が私と一緒にいて下さったということなので、この場所を神の家とし、そして私は、あなたが私に与えられるものの十分の一を献げます、つまりここで礼拝をします、ということをヤコブは神様に対して約束をするのでありました。

 

 自分の持っているものを献げて神様を礼拝する、感謝する。単に野宿するために石を枕にして寝転がった、ただのその場所が、実は神様とつながる、天の神様とつながる、階段が天から降りて来て天と地がつながる、そういう大切な場所だったということに気がついた、ということであります。

 これがヤコブの夢の話でありますが、ヤコブがこの夢を見たとき、ヤコブは兄のエサウから命を狙われて逃亡している身でありました。もう故郷に帰るときはないかもしれない。自分の命を守るためには、お父さんのイサクに出会うことも、お兄さんのエサウに出会うこともないだろう。そういう悲壮な思いで逃亡の旅をしていったヤコブが、その逃亡の途中の野宿のときに、このような夢を見たというのであります。

 

 このあとヤコブが、どのような人生を歩んだか、ということは、29章以降に書いてありますので、どうぞ皆様それぞれにお読みください。大変な苦労をすることになりました。しかし、神様の導きは不思議なもので、本当にこんなことで良いのかと思えるような事件が次々に起こり、大変な苦労をする中で、ヤコブの人生が翻弄されていくのでありますが、その中でヤコブは神様を信じて努力をし続けます。

 

 祈る努力といったら良いでしょうか、祈りつつ働いていく、その努力をヤコブがずっと続けることができたのは、神様の導きでありました。その結果として、また兄のエサウと再会するときがやってくるのであります。

 

 今日の聖書箇所においては、神様がこう言われています。「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

 

 このとき、ヤコブが逃亡する暗い心の旅をして、ある晩に見た夢において、神様はこう言われました。この逃亡が終わってあなたは必ずここに戻って来る、と神様は約束して下さったのです。このときの神様の約束がヤコブの心の支え担ったことは間違いがありません。いや、この約束があったからこそ、ヤコブはどんな辛いことがあっても耐えることができたのであります。

 

 そして将来に再び戻ってくることが確かにできたのです。神様は決して見捨てない。この言葉がヤコブの中で力になって、そのあとのどんな苦労にも耐えることができたのであります。

 このヤコブの物語を現代の私たちは、どんな風に読むでしょうか。一見すると、これは古代に書かれた聖書の中にある、古代の昔話としてしか読めないかもしれません。しかし、いろいろに考えながら読んでいくと、だんだんとこのヤコブの気持ちといいますか、ヤコブの経験というものが、だんだんと私たちの心の中にも伝わってくるものがあると思うのです。

 ヤコブはこのとき、ものすごく暗い気持ちでいました。自分の命が兄から狙われています。そして自分自身も、母リベカが考えた計略のためではありますが、許されないことをしてしまった、なぜそんなことをしてしまったのだろうか、というふうな思いがありました。

 大変な罪を犯したといってよいと思うのですが、ヤコブがその気持ちの中で夢を見たときに、こんなふうな夢を見た、そして、その夢を見たことによって、自分が野宿で寝たその場所が、実は神様とつながる大切な場所であった、ということに気づいたヤコブは次の日から、そこを礼拝の場所としました。これは天の門だ、というのであります。

 この、神の御使いたちが、そこを上ったり下ったりしていた階段というものが、どんなものであったか、私たちは知るよしもありませんが、私たちがどこかで、この見かけている自然現象としては、雲が出てきて、その雲の切れ目から太陽の光がスーッと射してきたときに、地上に光線が下りてきているような、そんな光景をたまに見ることがあります。それがヤコブのはしごと呼ばれているような現象であったのではないか、と想像することができます。

 

 それは単なる自然現象でもありますが、雲の切れ目から光がスーッと降りてきて、まるで光線のように見えます。そこに何か光が降りてきている、その真下に行ったら、そこに階段があって天に上ることができるのだろうか、そこに行けば神様がおられるのだろうか、そんな空想をすることができます。

 

 そしてそんな空想というものを、古代の人達は大切にしてきました。天から階段が、はしごが降りてきて、そして天使が上ったり降りたりする、そういう形で天と地がつながる所というのがあるのだ。そうした人々の素朴な夢というものが、今日の箇所にも反映をしています。

 

 私たちは現実の生活の中で、天と地のつながるはしごを見る、というような経験はまずないのかな、という気がします。

 

 けれども、今日の箇所を読んでいると思うことは、このときヤコブは寝ていたということです。そして夢を見ていたというのです。夢を見ていた。そしてその中でこんな光景を見て、その場所がどんな場所であるかを知ったというのです。そして、これから自分が歩む道に神様が何をしてくださるか、それは、決して見捨てないと言って下さる神様が共にいる。こういう経験をしました。この経験はヤコブの夢の中でのことであります。

 

 そして、夢というものは、この21世紀であっても、2000年前のイスラエルであっても、夢ということには変わりがありません。私たちもまた同じような夢を見ることがあるのです。

 

 では、どんな夢を見るのでしょうか。今日の聖書箇所にあるようなことの、そのままのようなことを夢で見ることは、あまり考えられないような気がします。しかし、私は今日の聖書箇所を読んでいて、いろいろなことを思い起こしました。それはこの「夢」という言葉に心ひかれたからであります。

 

 夢を見た、その場所が神様とつながる場所になり、神様を礼拝する場所になる、ということは、これは現代の私たちにとっても同じではないでしょうか。

 私は最近、京都市のある美術館に行ってきました。というのは、私はもともとその美術というものを見るのが好きでいたからです。しょっちゅう行くわけではないのですが、時々気が向いて、ふと、どこそこの美術館でこんな展覧会をやっているという案内を見て、ちょっと行ってみようかと思って行く、そのぐらいのことなのですけれど、ある美術館に行ってきました。

 

 そこで見る絵はとても素敵な絵でありました。私は子どものときに、誕生日のお祝いに父親からヨーロッパの近代美術の画集をもらったことがあるのです。もらったというか、父親が元々持っていたものを、お父さん、これちょうだい、クリスマスプレゼントに頂戴とお願いして、ああいいよと言われてもらったのでありますが、それを見たときに小学校の高学年でしたけど、西洋の近代美術、20世紀初頭の美術というものに私は大変関心を持つようになりました。

 

 そして、小学生、中学生のころ、ちょっとそうした美術というものに憧れを持ちました。絵を描く人になりたいと思いましたが、絵がへただったので到底そんな道には行けません。すると、美術を研究する人になったらどうだろうか、そんなことを空想したこともあります。美術の歴史の本を買ってきて一生懸命読んでいたこともあります。それは昔昔のことでありますけれど、そんなちょっとした夢を見ていた、そういう時代が私にもあったのです。

 そのあとは、同志社の神学部に行って牧師になりましたので、美術がどうのこうのということは、はるか昔のことでしかないのですけれど、しかし、今でもふと、どこかのお店に行ったときに、そこに貼ってあるポスターを見て、この美術展に行きたいなあ、と思うことがあるのです。そして実際、その美術館に行ってみるときに、心がちょっとワクワクしているのです。

 

 その美術展を見に行ったときに、それはアメリカの美術館の美術展なのですけれど、その中に私がそこで見ると思っていなかった作品がありました。それは、私が高校一年生のときの美術の教科書の表紙になっていた絵なのです。それは、とても綺麗な抽象画なのですけれども、その記憶が私の中には強く残っていました。ですから、その美術展に行ったときに、たまたまその絵の本物が来ていて、その前に立ったときに、あ、これはあれだ、とすぐにわかったのです。それはやっぱり、すごくうれしかったのです。

 はるか昔に、ああ綺麗だな、と思っていた、あの抽象画、だれが描いたのか知らないけれども、あの絵は心に残っている。その本物の絵の前にいま自分がいる、というときに、その絵を本当にマジマジと見て、なんだかとってもうれしくなったのです。そして、ああ、今日はここに来て良かったなあ、と思いました。結構入場料が高かったのだけど……ということも思ったのですが、それでも、報われたという気持ちがありました。 

 

 夢というものは一体なんでしょうか。それは子どものときに、何かのスポーツ選手になりたいと思ったけどなれなかった、とか、何々したかったけどできなかった、というようなことが色々とあります。また、いや、私は夢をかなえたよ、という方もおられるでしょう。いろいろな方がいて、いろいろな夢を見ます。

 その夢というものは、かなった・かなわなかった、という二者択一ではなくて、思った通りにはかなわなかったけれど、別の形でそのことが実はかなうというか、意味を持つ、ということが人生には多々あります。

 

 そして、私は思うのですけれど、「教会」というものも実は、そういう場所ではないだろうか、と思うのです。教会という所で夢を見る。それは、どういうことでありましょうか。いろんな人がいろんな夢を持ちます。それは自分の人生の夢です。私はこんなふうに生きていきたい、こんな風に生きていけたらなあ、と本当に思うのです。

 

 それは教会に来ていて、将来は教会をこんな教会にしたいとか、牧師になるとか、伝道をしたいとか、そういうことだけではなくて、自分自身の人生を、自分はいったいどうしていきたいのか、ということをいろいろと思うのですね。

 そのときに、教会というものが、また礼拝というものが、どういう意味を持つかというと、今日の聖書箇所にあるヤコブの話にある夢のような意味を果たすのではないかと思います。

 

 人間は、時には本当に暗い思いで旅をすることもあります。逃亡をするように、自分がやりたかった人生が歩めなくて逃亡する、暗い心で歩んでいく。そういうときに野宿をして、たまたま野宿をした場所が、まさに神様を礼拝する場所であって、そこで夢を見た。その夢を見たことを記念して、礼拝をする場所にした。それがヤコブの今日の聖書箇所の話であります。

 

 私たちにとって教会というものは、もしかしたら、たまたまやってきて野宿するような場所であったかもしれません。何となく来たのだよ。今日も日曜日だから。そんな思いがあるかもしれません。実になんとなくやってきた場所。実はその中で神様が夢を見せてくださったて、そしてその夢の中で神様は約束をして下さっているのです。

 

 「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

 

 神様はここでヤコブに、もう一度あなたはここに戻ってくると言って下さったのです。大変な事件を起こして逃亡するヤコブが、もう一度戻ってくる。家族で再会するときがあるのだと。決してあなたは単なる逃亡者で終わらないのだと約束して下さいました。その礼拝の場所にまた戻って来るのです。

 

 私たちが今している礼拝も、そうして何からスタートしていく地点だと思うのです。この礼拝をスタートとして、それぞれの人生を歩んでいきます。それが将来にどうであるか、先のことはわかりません。しかし、それぞれに人生の旅をして、そしてまたこの場所に戻って来る。この礼拝の場所に戻ってくる。それぞれが与えられた夢、人生の夢というものを、神様と共に果たして、また戻ってくる。そうした場所というものが、実は教会ということではないか、思うのです。

 偶然のようにしてやって来たかもしれない。野宿するようにして、石を一つ取って枕にして寝た。粗末な寝床。そこが夢を見る場所になった。そういう形で神様は私たちの人生に教会、礼拝の場所、そして夢ということを与えて下さっているのであります。

 

 神様が私たちに与えて下さった教会には、イエス・キリストがいらっしゃいます。イエス様が、私たちの罪のために、私たちの罪を負うて十字架に架けられ、死なれ、自らを犠牲にし、そのことによって私たちの、神様に対する罪を帳消しにして下さった、と聖書は教えています。

 

 そのことにおいて私たちは、神様との切れていた関係を、もう一度つなげることができた。神様と和解し、神様とまっすぐにつながる者として、新しい人生を歩むことがゆるされたのであります。

 そのイエス様と出会って、私たちはそれぞれの夢を与えられて、自分の人生を歩んで行くのであります。イエス様がいつも共にいて、そして必ず、私たちそれぞれが行くべき所に連れ帰って下さいますように。そのことを心から願うものであります。

 

 お祈りをいたします。
 天の神様、今日の聖書の御言葉から示されたものを、それぞれ一人ひとりが受け取って、これからの一週間、あなたが共にいてください。そしてまた来週の礼拝、これからの礼拝でまた皆様とお会いすることができますように。神様がいつも共にいてください。

 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して、御前にお献げいたします。
 アーメン。

 

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