<きょうほく・きょうかい>
「虹の架かる教会」京北教会ブログ
「2019年3月3日(日)のこと」
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(鴨川の虹、鳥)
(ある年の桜と教会)
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2019年 3月3日(日) ブログ
聖 書 ローマの信徒への手紙 3章 9〜26節
説 教 「重荷によらず救う方」 今井 牧夫 牧師
458「信仰こそ旅路を」
484「主われを愛す」
礼拝出席者数 37名
遠方から懐かしい方、新しく来られている方々、
いつもの方々、様々な方々のご出席を受けました。
皆様がともに礼拝できる幸いに感謝いたします。
皆様がともに礼拝できる幸いに感謝いたします。
礼拝後 ・軽食 ・3月定例役員会
──礼拝説教を聴く準備としての、各人の黙想のために──
以下、ローマの信徒への手紙 3章より
「正しい者はいない。一人もいない。
悟る者もなく、神を探し求める者もいない。」(10節)
「律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。」(20節)
「ところが今や、律法とは関係なく、
しかも、律法と預言者によって立証されて、
しかも、律法と預言者によって立証されて、
神の義が示されました。
すなわち、イエス・キリストを信じることにより、
信じる者すべてに与えられる神の義です。
そこには何の差別もありませんでした。」(21節)
人間には「正しい者は一人もいない」と言います。
また、人間を教え導く律法(宗教の決まり事)は、
罪の自覚を生じさせるだけで、
救いがないと言います。
では人間には、何が必要なのでしょうか。
自らの経験、自問自答、
罪の自覚をもたらす宗教の教え、
そうしたものでは、ちっとも救われない──
そんな人間が、
くだらない人間であるにもかかわらず、
他の人との、何の差別もなく、
神に愛されたことを、
パウロは「神の義」と呼びます。
それは、自分の側にはなく、神様の側にあるものです。
神様の側に、人間を救うことの、本当の意味が、
正しく、「義」としてあるゆえに、
わたしたちも、それによって、救われていいのです。
先日、教区の用事で、滋賀県に行きました。
帰り道の琵琶湖と空。
寒空の下で、波打つ湖面。
同じことを繰り返しながら、
いつか春の空を映し出します。
いつか春の空を映し出します。
もう3月に入りました。
年度の終わりに、1年間を振り返り、
また、たゆみなく、一歩を踏み出しましょう。