京北教会ブログ──(2010.8〜2020.7継続中)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ

2014年7月20日(日)のこと

           <きょうほく・きょうかい>
「虹の架かる教会」京北教会ブログ
2014.7.20
 「7月20日(日)のこと」

本日の記事は、
この下の、数枚の写真の後にありますので、
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日本キリスト教団 京北(きょうほく)教会

京都市 左京区 下鴨 神殿町 17-3
京都市地下鉄「北山」駅を下車、徒歩約7分

京北教会のホームページを、
ブログとは別に作っていますので、
よろしければ、どうぞご覧下さい!

ホームページのアドレス









本日のブログはここからです。
「7月20日(日)のこと」






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   今日の礼拝堂の花はオニユリでした。
 活けていただき感謝です。
 礼拝後に集会室に移し、みんなで分けて持ち帰りました。

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 礼拝の始まるずっと前に、奏楽者が練習をされます。
 いつも丁寧に練習を積み重ねておられます。

 夏はクーラーを効かすために、礼拝堂と集会室の間の戸を、
 上の写真のように開けています。

 




 2014720() 京北教会 聖日礼拝
 
 聖書 使徒言行録191120
 説教「腹の底で信じるもの」
 讃美歌21 155山辺に向かいて我」
       579「主を仰ぎみれば」
       493「いつくしみ深い」
 
 出席者数  34
 
 礼拝後 ・お茶と祈りのとき 

       祈りの課題として、個人消息や教区・地区の報告、
       そして京北教会の建物の改修計画について、
       話を聞き、今後に向けて祈りを合わせました。

 
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 お茶とお菓子のご用意をありがとうございました。
 ケーキは手作りのパウンドケーキ。
 袋のお菓子は福岡のお土産をいただきました。
 

 
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 どーんと、ど真ん中で。

 みんなが見てる、みんなを見てる。

 
 見守られていることが、幸い。

 わたしたちの誰もがそうでありますように。




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 山口県防府市にお住まいの京北教会員が、
 このたび、防府教会に転会されました。
 よき交わりをいただいた皆様に感謝。
 防府教会から転入会式の写真を送っていただき、
 ありがとうございました。
 今後の主の導きを祈ります。
 
 


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        週報掲載 <宣教のことば>
 
 使徒パウロの宣教が、
 地中海沿岸に広まる道すじにおいて、
 様々な波紋が起こります。
 
 様々な土地に根付いた、
 「宗教」「文化・習俗」「経済」
 ……などの問題とぶつかります。
 
 使徒言行録18~19章にある出来事は、
 パウロのせいというわけではなく、
 人々が勝手にキリスト教の意味を解釈して、
 それに対して自分の利害をぶつけてきた、
 そうして起きてきた問題でした。
 
 その中に変わった事がありました。
 地域で活動する祈祷師たちが、
 パウロイエス・キリストの名前を使って、

 (その名前の力にあやかって)
 悪霊退治の奇跡を起こそうとした話です。


 その結果は、さんざんなもので、
 彼らが自ら悪霊に苦しむことになりました。
 信仰は、利害のために用いる力とは違うのです。
 
 さて、そんな聖書の話を読んでみて、
 どう思いますか。
 
 私たちにとって、奇跡とか、
 悪霊──それは、病気や障害をもたらす存在で、
 罪人にとりつくと信じられていました──、
 そんなものは、日常の実感からはるかに遠い……
 いや、聖書そのものが私たちから遠いのではないでしょうか。
 
 けれども、聖書の言葉は、
 あるときに、どこかで、私たちに、
 ぐっと近づいてきます。
 
 その瞬間こそ、
 パウロが懸命に人々に伝えようとした、
 福音です。

 その福音の出来事として、
 聖書の奇跡物語があります。
 
 


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 7月16日(水) 礼拝堂の、切れた電球を代えていただきました。
 教会の掃除に来られたときのことです。

 暑い日に、ありがとうございました。



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 今日は、急に雨が降ったり、やんだりと、
 空が忙しい日でした。

 湿度が高く、蒸し暑いのですが、
 それでも雨のせいで涼しいときもありました。

 
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 夕焼けのころに、教会を撮影。

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 夕方、雨も上がって、天候が落ち着いたようです。
 太陽が戻ってくると、ほっとします。



  聖書  詩編19編 2~7節

 天は神の栄光を物語り、
 大空は御手のわざを示す。
 昼は昼に語り伝え、
 夜は夜に知識を送る。
 話すことも、語ることもなく、
 声は聞こえなくても、
 その響きは全地に、
 その言葉は世界の果てに向かう。

 そこに、神は太陽の幕屋を設けられた。
 太陽は、花婿が天蓋から出るように、
 勇士が喜び勇んで道を走るように、
 天の果てを出で立ち、
 天の果てを目指して行く。
 その熱から隠れうるものはない。