京北教会ブログ──(2010.8〜2020.7継続中)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ

祈り

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  今日は礼拝後に毎月一回の「お茶と祈りのとき」をもった。
 お茶とお菓子で自由に歓談し、その中で個人消息などを聞き合う。
 教会としての課題を話し合うこともある。

 今日は、普段の個人消息の話を出し合ったあと、東日本大震災東北関東大震災とも呼ばれている)の話になった。
 ゆっくりと、それぞれに思っていることを、何人かの方が話した。

 いつもは、毎月第二週の日曜日礼拝後の、この「お茶と祈りのとき」のときには、ときの最後に、その時々で違う3人ほどの有志の方にお願いして、それぞれに自由な内容でお祈りしていただくときを持っているが、今日は震災の被災地におられる人々のことを思って、お茶の場につどったこの日の「全員」で一分間の黙祷のときを持った。

 教会は先週から、教会のこよみで「受難節」(レントと呼ばれる)という期間に入っている。

 4月24日(日)のイースター(復活日)までの一ヶ月半ほどの期間、イエス・キリストの十字架、受難の意味を心に覚え、また自分や他者の受難についても、神の前でそれが持つ意味を想って、祈ってすごす期間である。

 「お祈り」というと、私は苦手です、という方々はどこにでもおられる。
 それはそうだろう。
 けれども、祈る心がないわけではない。
 言葉にならないだけだ。
 今日、わたしたちは言葉にならない思いをもって、みんなで黙祷した。

 言葉の力によらず、私たちは主イエス・キリストに頼って、黙祷した。

 これが、私たちの受難節の祈祷会であったと言えるかもしれない。

 お茶のときの報告の中に、お孫さんが入試に合格したとの話があった。
 震災とは何の関係もない話であるが、私たちの心がなごんだ。

 絶望を感じる日も、希望を感じる日も、同じひとつの日。
 どこにいても、私たちは神様から、同じ一日をいただいている。
 共に生きるための、ひとつの一日を。