京北教会ブログ──(2010.8〜2020.7継続中)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ

クリスマス2010をふりかえって─イヴ礼拝のことなど

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 クリスマスが過ぎた今日、アドベント(クリスマスを待つ期間)の飾り付けをみんなでいっせいに片付けた。

 その中で残したのが、教会玄関のクリスマス・カクタスの花。色合いや形がクリスマスらしいのでこの名前になったという花。

 今年最後の礼拝後に、アドベントの教会飾り付けや道具を全て収納するために、手分けして片付けと清掃をした。クリスマスツリー、リース、クランツ、道路に面したイルミネーション、イヴ礼拝で各人の手に持っていただくローソク台など。

 ローソク台についた、ろうをストーブにかざして柔らかくしてから取る。そのあとを拭いてきれいにする。そんな根気のいる仕事などを皆様が協力して実施してくださった。

 アドベントの飾り付けは、キリスト教会の伝統的な暦と習慣でいえば、1月6日の公現日までをクリスマス・シーズンとして、そのまま教会に飾り続けておくことができるものである。

 (公現日とは、お生まれになられた赤ん坊のイエス様のところに、星に導かれて東方から旅をしてきた賢者が、ささげものを持ってやってきて礼拝したという言い伝えにそって、そのときを「将来、救い主となる赤ん坊の存在が公けになった日」と考えて制定された日で、慣わしとして1月6日をその日としている)

 星が旅人を導き、その星が止まったその下の家に、ヨセフ、マリアと赤ん坊のイエス様がいた…という話。星の下のクリスマス。

 下の写真は、同志社大学今出川校地の大木を活用して作られた、とても大きなクリスマス・ツリーと、その上に輝いていた月。

 月が星に見える。公現日を思わせてくれる。

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 京北教会では年末最後の日曜日に、アドベントの飾り付けを全部片付ける習慣になっている。

 それは、年を越してから「いらなくなったもの」として小人数で片付けるよりも、クリスマスの余韻のあるうちに、年末の風情に合わせてみんなですっきりと片付けて、新年を待つということである。

 片付けたなかで、玄関のクリスマス・カクタスの花がひとつ、そして礼拝堂の中に飾られた花がひとつ…それらがクリスマス・シーズンを表すものとして教会に残った。

 クリスマスの日が過ぎて、飾りが外されていっても、自然の色や形から、クリスマスの喜びを感じ取れることは幸いである。

 自然の色や形の中に、クリスマスを見つける、幸い。
 
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 今日は2010年最後の日曜日。

 いつもと変わらない人数(25名)の方々が礼拝に出席された。

 こうして今年最後の礼拝をみんなで守った。

 礼拝を「守る」というのは、もしかしたらキリスト教会独特の言い方かもしれない。

 これは要するに「礼拝をする」という意味だが、それを「守る」という言葉で表現するのは、礼拝は、神様と私たちとの約束、あるいはつながりを守ることである、という意味に理解できる。

 守るべきは、定められたつとめではなくて、神様とひとりひとりの人間との間の「約束」。

 先に神様のほうが、恵みを約束して、私たちを礼拝の恵みにあずかる者としてくださった。

 そのことに感謝して、毎週その恵みを受けること(礼拝)で、私たちが神様に応えていく。

 そんな暖かな、楽しい「約束」。

 それを守る、礼拝。

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 よく晴れた今日の空。教会庭の夏蜜柑が美しく輝いている。収穫は1月末を予定。マーマレードに適した熟成の果実にするために、もう何ヶ月も木にならせたままである。

 雨にも風にも耐えて、今日の青空のもとで陽(ひ)に照らされて輝いている夏蜜柑は、自らをしっかりと守って木になりつづけている。

 夏蜜柑にも、自らを成り立たせるための、何かの確かな約束が、その内側に秘められているのだろう。

 誰も、そのことを知らなくても。

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 去る12月24日(金)の夜7時から8時前まで、京北教会のクリスマス・イヴ燭火讃美礼拝を行った。ローソクの灯のもとで、たくさんクリスマスの讃美歌を歌う礼拝である。

 初めての方々がたくさん来られて、子ども達と共に、にぎやかとなり、うれしかった。31名の出席で、おごそかで、にぎやかで、心温まるひとときとなったことに感謝。

 (初めての方々から、この日のことで電話で時刻や教会の場所などの問い合わせがあってうれしかった。もしかしてこのブログを見て来てくださった方がおられたのなら、とてもうれしく思います。ぜひ、またいつでもいらしてください。子どもさんが礼拝中に泣いたり騒いだりしても大丈夫です。気になる場合には礼拝堂に面した母子室も使っていただけます)

 礼拝後に、キャロリングとして教会近隣の二軒のお宅を訪問。お体に差し障りがあって燭火礼拝に来ることができない方々を訪問し、玄関の外で讃美歌を歌わせていただいた。

 クリスマスの讃美歌をキャロルと言い、それをクリスマス前日のイヴの夜に深夜に各家をまわって歌い、「クリスマスの日が来るよ」と知らせてまわることをキャロリングという。(写真は昨年のもの)

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 イヴの日に、お菓子をいただいた。キャロルを歌って各家をまわる子ども達にごほうびとしてお菓子をいただく習慣から来ている。

 小さなチョコレートのサンタさんの包み紙がかわいらしかった。
 クリスマスには、やっぱりサンタ・クロース

 最近、街に見かけるクリスマス・イベントやサンタさん(のコスチューム)には、少し気持ちがひいてしまうものを感じるときもないではない。

 けれども、なかなかイメージでも言葉でも表現しにくい、クリスマスの意味や、イエス・キリストの深い恵みを、サンタさんはわかりやすく表して伝えてくれているのかもしれない。

 楽しくてかわいらしい服装で、プレゼントを子どもたちの寝ている間に配ってくれるおじいさんの姿で、サンタ・クロースさんが、イエス・キリストに代わって、イエス・キリストの役目を(イメージの世界において)引き受けてくれているのだとしたら、サンタさんにはずいぶん感謝を申し上げたい。

 …とチョコレートの包み紙の絵を見ながら考えた。

 このイヴの日、天からのクリスマス・プレゼントは…

 感謝したくなる心。

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 よく晴れた日の空に、京北教会の十字架が輝いている。

 一年間、輝き続けた十字架が、来年も輝こうとしている。 

 今年もあとわずか。皆様の良き年末年始を願いつつ、このブログも今年はこれでおしまい。皆さん、よく読んでくださいました。お礼を申し上げます。

 新年、2011年1月1日(土)午後2時から、同志社女子大の栄光館(正門から入ってすぐの正面にあるホール)で、京都南部地区の「新年合同讃美礼拝」がある。元旦礼拝ということで、毎年約160人ぐらいの出席だろうか。クラシックのアンサンブルや聖歌隊の協力などがある。どなたも自由に参加が可能。どうぞ。

 京北教会は1月2日(日)午前10時30分から1時間程度、通常の日曜日の礼拝。

 新年も、礼拝をみんなで守ろう。

 入院している方、自宅で療養中の方など、健康の事情で礼拝に来ることのできない方々や、仕事や家庭など様々な事情で礼拝に来ることのできない方々のことに思いをはせつつ、離れた場所にあっても共に祈りつつ。

 「約束」が輝き続けるゆえに。