京北教会ブログ──(2010.8〜2020.7継続中)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

(2010)クリスマスまで2週間─教会の大掃除

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 教会の暦が、クリスマスを待つ期間である、アドベント待降節)の3週間目に入った。アドベント・クランツ(冬も緑が活き活きしている、針葉樹の葉を使って、冠の形を造った装飾)に飾っている四本のローソクの、三本目までに今日は灯をともした。アドベントの期間、毎週の日曜日の礼拝ごとに、一本ずつ灯を増やしていくことで、クリスマスの近づきを実感する。

 写真は礼拝堂の講壇。手前にクランツが入る角度で撮影した。

 写真に写っているように、京北教会の礼拝堂の講壇壁には、ちょうどイスの上の高さの位置にあたる部分に、イエス・キリストの「いばらの冠」をデザインにしたであろうと思われる、細密な木彫り装飾がなされている。

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 1924年に造られたこの礼拝堂における、このような「いばら」の木彫りの礼拝堂デザインは、他の所では見たことがない。

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 講壇の壁の中央部には、釣り鐘のような形の装飾板があり、ここにも「いばら」のデザインが使われている(十字架をとりまく線が、いばら)。

 また、この写真ではわかりづらいが、柱の上部に「いちじくの木と実」の細密で小さな木彫りがはめこまれている。

 そして、柱で支えている白壁の一部には、ギリシャ建築を思わせる美しい彫り込みが表現されていることも、この写真で見ていただける。

 誰が、このデザインを設計し、誰が、実際に彫ったのだろうか…? 

 これらのデザインは、京北教会を設計建築した方の独創なのだろうか。
 他の教会では見たことがない。

 1924年に、大寺院がいくつも立ち並んでいた烏丸五条近くに建てた、この礼拝堂(1941年に現在地の左京区下鴨に移築)の木彫りの意匠は、当時その地域で、寺院などの木造建築、木彫りによる装飾に携わっていた専門家の技術を、キリスト教会の聖書に基づいたデザインと融合させた、ユニークなものではないだろうかと推測することができる。

 すなわち、これは、日本の、京都の、「和」のこころを豊かに反映した教会礼拝堂とは言えないだろうか。

 このような形での、「いばら」や「いちじくの木」を主題にした、教会建築等のデザインをどこかで見たことのある方は、京北教会までご連絡いただき、教えていただければ、大変に感謝である。

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 さて、今日は、日曜日の礼拝後に、みんなで教会の大掃除を行った。
 ここに写真を掲載した、歴史的な教会建築の細部もしっかり掃除させていただいた。

 この大掃除は、クリスマスに向けた、アドベント期間における教会としての準備の一つである。

 普段から、毎週、念入りに教会の掃除を分担して実施しているから、大掃除したことで何かが大きく変わるわけではないのだが、こういう機会にみんなで掃除すると、教会の建物に愛着がわく。

 みんなで力を合わせて大掃除すると、普段から清潔に保たれているこの会堂が、さらに、すみっこから輝き出すような明るさを持った気がする。

 京北教会は、教会としては小規模な木造建築で、日常的に何かができるスペースとしては、礼拝堂・集会室・事務室の三室のみ。
 
 バザーのときには、教会の一部として造られている牧師住居の一階もバザーのスペースとして活用する。

(今日の大掃除ではその住居一階の、庭に面した窓と廊下も皆さんのご厚意できれいにしていただいた。住人として感謝を申し上げる)
 
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 美しく透き通った窓ガラスを通して、庭にある木になった夏蜜柑の色が美しく目に入ってくる。写真は教会の一部としての住居部分の窓。

 みんなで窓をふいた後に、窓ガラスから光がいっせいに、たくさん、入ってくる気がしてうれしい。

 教会玄関付近、週報棚、備え付けスリッパ、等も美しく磨かれた。

 そして、クリスマスのデコレーションと共に、来週のクリスマス礼拝を待っている。

 
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 来週19日(日)は、京北教会のクリスマス礼拝の日だ。

 この日はクリスマスを待つ時期であるアドベント待降節)の最後の日曜日である。この最後の日曜日を、毎年、クリスマス(12月25日)より前の一番近い日曜日であるゆえに「クリスマス礼拝」の日とすることが、多くの教会の慣わしである。だから、「教会のクリスマス(礼拝)」の日付は毎年変わることになる。

 そのため、今年のように教会のクリスマス礼拝が「12月19日の日曜日」となる日程は、いわゆるクリスマスシーズンよりも少し早めにクリスマスを祝っているように感じられて、なんとなく気分が出にくいかもしれない。

 けれども、早めにクリスマスを教会でみんなでお祝いしておき、24日のイヴの夜には静かにローソクの火をともした燭火礼拝をおこない、25日のクリスマスの日そのものは、各人がそれぞれに思い思いに過ごす…。

 クリスマスに向けて心を整えていく、そんな余裕をもったスケジュールと考えれば、早い日程のクリスマス礼拝もまた、良いものに思う。

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 掃除を終えて皆様が帰られたあとの、教会の集会室。窓をきれいに撮るために電気を消して撮影。

 この部屋は、礼拝堂の隣にあって、人数が多いときには間仕切りの戸を開けると、礼拝堂と一体化させて使える。

 次の日曜日は、午前中に礼拝堂でクリスマス礼拝をした後に、午後から、こちらの集会室でクリスマスの祝会(家庭的なちょっとしたお祝い会。一年間をふりかえったり、オルガン奏楽者など各人で分担している奉仕の働きに互いに感謝したり、みんなで遊んだりする。手作りのクリスマスのごちそうを用意してくださる皆様に感謝!)を行う。

 その日のためのクリスマスツリーが写真の隅に見える。

 その日を一週間後にひかえて、今日はみんなで部屋の窓ガラスをふいた。
 ふいたあと、磨かれたガラスを通して、光が優しく入ってきた。

 来週は、教会に来られたたくさんの方々に、この窓を通して、陽(ひ)の光が豊かに注いでほしい。クリスマスは、神様からの、光の到来の知らせの日だから。

 けれども、雨が降ったら、それはそれで、命ある全てのものを活かす、恵みの雨の到来と受けとめよう。

 クリスマスの日がどんな天気であるかは、私たちが決めることはできないのだから。

 人がクリスマスをもたらすのではなく、神がクリスマスをもたらす。

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 先日、雨上がりに、ものすごく大きく、しかも鮮明な虹を見た。

 京北教会の今年度の教会標語は、「虹のかかる教会」。
 
 「私は、雲の中に虹を置く。
 これは私と大地との間に立てた契約のしるし。」
                旧約聖書 創世記9章12─13節)

 この、「ノアの箱船」の聖書箇所から、造らせていただいた標語である。

 虹は、この物語において、神様から人間への「和解」の約束を示す象徴である。教会には、神と人との出会い、そして神様の側からの約束としての、まことの平和があることを信じて、この標語とさせていただいた。

 全ての現実を洗い流す、雨。
 その雨の終わりによる、新しい時代の到来を約束する、虹。

 教会には、いつも、神様がくださった、虹がかかっている。

 それは、神様がくださった「和解」の約束に基づいて、神と人とが、人と人とが、新しく共に歩むという、全く新しい時代の到来の知らせである。

 大掃除できれいになった教会で、教会標語を思い出した。

 クリスマスを前にした、このとき。