京北教会ブログ──(2010.8〜2020.7継続中)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ

オルガンコンサート2010


アドベントに入って、葬儀、
そしてオルガンコンサート


 教会の暦が、クリスマスまでの4週間、
 イエス・キリストのお生まれを待ち望む心で過ごす、
 アドベント待降節)の期間に入った先週、
 一人の方が亡くなられた。

 死の少し前の時期に、京北教会への入会を申し出られた方。

 亡くなられることを、「召天」(しょうてん)と言うことがある。
 天の神様が、みもとに召してくださったという意味である。

 人は神様に呼ばれて、この世を去って行く。

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 葬儀に際して飾られた白い花束が美しい。
 清い。
 そして、白い花を見ていると、心が澄んでいく。
 はかなさを越えていく、澄み切った心の強さが与えられるようだ。

 教会では、葬儀は、天の神様に気持ちをささげる、礼拝の形式で行う。

 そこには、残された私たちが、礼拝を通じて、
 死別への悲しみや、生前の故人への感謝などの思いを、
 神様に向けて祈ることで、
 これからを生きていく心を強くしていけるように、
 という願いがこめられている。

 白い花の色に、私たちは心を強くされて、葬儀に臨んだ。
 
 


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 葬儀の次の日は、かねてより予定していたオルガンコンサートの日。

(二日続けての事の運びに、ご配慮いただいたご遺族の皆様、また教会での両方のセッティングのために総出で協力くださった教会の皆様に感謝!)

 生涯をかけてオルガンの音楽に取り組んでおられる、素晴らしいオルガニストが、私たちの教会に出向いてくださった。

 今年は昨年に続いて、持ち運びできる木製のパイプオルガンを運び込んで演奏してくださった。
 
 「持ち運びできる」「木で造られている」「パイプオルガン」? そんなものがこの世にあるとは…。中を見せていただいた。

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 うわっ、本当に木でパイプができている。信じられないけれど、これは本当にパイプオルガンなのだ。豊かなふくらみのある音、様々に変化させることのできる美しい音色に驚いた。

 私たちの京北教会の、木造建築の礼拝堂に実にぴったりと合った、「木の息づかい」のような、ぬくもりと共に軽やかさを感じさせる美しい響き。

 なんてキュートなオルガンなのだろう。
 鍵盤もやはり木。

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 当日はたくさんの方が来場してくださった。90人近い方が来られた。

 私たちの教会の礼拝堂はいつもの長イスで60人、それにパイプイスを追加しても80人、さらに礼拝堂に接する親子室にも入っていただき、そして礼拝堂隣の集会室にもイスを置いて…なんとかそれだけの人数の方に入っていただいた。

 満員の様相だったが、混雑も起こらず整然と皆様に聴いていただいた。
 
 写真は、開演前の一瞬。

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 木の色彩を帯びた音色の、可愛い姿のオルガンを通じて、豊かな演奏を聴かせていただいた。小さなオルガンでありながら十分な音量で響く、豊かで多様な(無限にも思える)音色に耳を澄ませる。

 そのとき、私たちは音を聴くと共に、音の間に編み込まれた何かのプレゼントをも耳にしている。それが何かを確かめるかのようにして…じっと耳を澄ませる。この日に集まった方たちと共に、礼拝堂に腰を落ち着けながら

 オルガニストの方は、「教会のオルガンコンサート」として、しかも、この教会、「京北教会の」オルガンコンサートにふさわしく、曲目や楽器の選択など、全てを熟慮して準備してくださった。

 うれしい。本当にありがとうございました。オルガニストの方に、ここに深くお礼申し上げます。そして、同行されたビルダー(オルガンの調整・調律・移送などを一手に引き受けてくださった専門家)の方に、共にお礼申し上げます。




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 今日の日曜日。アドベントの第2日曜の礼拝を終えた。
 この一日において、秋の深まりということを感じた。12月に入っているから、もう冬なのだが、今日はよく晴れて暖かさを感じることもできた。
 そんな心地よい気候の中で、秋から冬に移りゆく、いまの「とき」が充実して、満ちていくことを感じた。

 季節は、終わるのではなく、満ちることによって、次の季節を生み出す。

 役員会を終えたあと、夕方の光の美しさを感じて、ふと、外に出てみた。
秋の終わりの光を浴びながら建っている京北教会の会堂が、少し誇らしげにしているように見えた。

 葬儀も、コンサートも、日曜日の礼拝も、なんでもござれ。
 …とでもいうように。

 京北教会の秋は、充実していた。