京北教会ブログ──書庫(2010.8〜2019.8)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

4月10日(日)のこと

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 <きょうほく・きょうかい>

「虹の架かる教会」京北教会ブログ

2016.4.10

 「4月10日(日)のこと

 
本日の記事は、

この下の、数枚の写真の後にありますので、

ずっと下方にスクロールしてご覧下さい。
 

 
 以下は、過去(2010)のブログを読むときに便利な方法
 (パソコンで見る場合のみです。スマートフォンでは表示されません)
 
 ブログの右の欄の「ここ2ヶ月のブログ」という文字を、
 クリックすると最近の約2ヶ月分のブログが出てきます。
 
 右欄の中にある、「教会の四季や日常の歩み」「説教の断片など」
 「クリスマスシーズン」「京都教区の諸教会などへの訪問記」、
 などの各項目の文字をクリックすると、過去のブログを、
 それらのテーマ別に分けて読むことができます。
 
 右欄の、項目の最上段の、緑の字の「すべて表示」を、
 クリックすると、今までの全てのブログを順番に読むことができます。
 
 上記の仕方で開いたときに、ブログ欄外の上のほうに、
 赤く小さい字で「リスト」とあります。この文字をクリックすると、
 記事の一覧表が出ます。
 
 右欄のカレンダーの、年と月の表示の左右の三角印をクリックすると、
 年月を移動させて検索することができます。カレンダーの中で赤文字の
 日付けがブログ作成の日で、これをクリックするとその日のブログが、
 表示されます。



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日本キリスト教団 京北(きょうほく)教会
 
京都市 左京区 下鴨 神殿町 17-3
 
京都市地下鉄「北山」駅を下車、徒歩約7
 
 
「京北教会ホームページ」を、
 
このブログとは別に作っています。
 
よろしければ、下記アドレスをクリックして、

どうぞご覧下さい!
 
 
教会ホームページのアドレス
 

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本日のブログ内容はここからです。
 
「4月10日(日)のこと」










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 2016年 4月10日(日) 京北教会 聖日礼拝       


  聖書 ヨハネによる福音書 13章 1〜17節

  説教 「仕えるため前に出る」

  讃美歌21   18「心を高く上げよ!」
 
          430「扉の外に」

        419「さあ、共に生きよう」   

  
  出席者数 28名

         はじめての方々をお迎えしました。

         心から歓迎します。またいらしてください。

         
       
  礼拝後 ・お茶のとき 

        ・会計監査 (担当者のみ)
   
        1年間の会計記録の監査をいただきました。
        
        担当の方々、ありがとうございました。
        
          

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礼拝後のお茶のとき。

手作りシフォンケーキを、ありがとうございました。

ふわふわっと、

美味しくいただきました。

 





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       週報掲載 「宣教のことば」



  ペトロが「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか

  と言った。 イエスは答えて
「私のしていることは、

  今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる。」……


               ヨハネによる福音書 13章6、7節



 

 12人の弟子の筆頭だと自負していたペトロは、

 イエス様に対して驚きます。

 
 それは無理もないことでした。

 というのは、食事の席から立ち上がったイエス様が、

 弟子たちの足を一人ひとり洗っていくのです。


 そして、自分の所までイエス様が来て、

 やはりペトロの足を洗おうとされるのです。


 あまりにも申し訳がなかったのでしょう、

 ペトロは断るのですが、イエス様はそれに対して、

 「もし私があなたを洗わないなら、

 あなたは私と何のかかわりもないことになる」と言います。

 ペトロはその言葉に胸を突かれました。


 「かかわり」って、どういうことでしょう?


 十字架の死を前にしたイエスの、

 弟子たちへの最後の「かかわり」は、

 一人ひとり、イエスのために、イエスと共に、

 歩いてきた
弟子たちの、その足を洗うことでした。


 イエスのために、イエスと共に、

 ずうっと歩いてきて、疲れ果てたかもしれない、

 その汚れた足を、イエスは洗ってくれました。


 この行いにこめられている、

 イエスからの「ありがとう」の思いを聴きとることは、

 間違いではないと思います。


 そして、これから、弟子たちには、

 新たに、一緒に歩いてくれる隣り人が現れるでしょう。

 
 その、一人ひとりの隣り人たちの汚れた足を、

 弟子たちは、今度は自分が前に出て、

 「ありがとう」の気持ちをもって、

 洗っていくことになります。


 その模範を示すことが、主イエスからの、

 弟子たちへの「ありがとう」だったのじゃないかな……。


 












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 教会前の公園の桜が、葉桜になってきました。

 
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 今年も本当によく咲いてくれました。


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いろんなところから、花が咲きます。


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さあ、今年の桜の季節も、もうおしまい。


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花びらがしっかり散っています。

悔いのない咲き方をした、

花の小さな足跡です。


吹けば本当に飛んでいく足跡、

どこにも残らないもの。



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教会の庭には、様々な小さな花が咲いていました。




桜が咲いても散っても、関係なく、

ここに咲いています。




どの花も、足跡を残さず、

命をつむいで、誰に向かってでもなく、

陽光の恵みをいただいて、

ここに咲いています。










無心、とはそういうことかと……。