京北(きょうほく)教会ブログ──(2010.8〜)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ

3月6日(日)のこと

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雪の中の教会。3年前の雪の日の写真です。



 <きょうほく・きょうかい>

「虹の架かる教会」京北教会ブログ

2016.3.6

 「3月6日(日)のこと

 
本日の記事は、

この下の、数枚の写真の後にありますので、

ずっと下方にスクロールしてご覧下さい。
 

 
 以下は、過去(2010)のブログを読むときに便利な方法
 (パソコンで見る場合のみです。スマートフォンでは表示されません)
 
 ブログの右の欄の「ここ2ヶ月のブログ」という文字を、
 クリックすると最近の約2ヶ月分のブログが出てきます。
 
 右欄の中にある、「教会の四季や日常の歩み」「説教の断片など」
 「クリスマスシーズン」「京都教区の諸教会などへの訪問記」、
 などの各項目の文字をクリックすると、過去のブログを、
 それらのテーマ別に分けて読むことができます。
 
 右欄の、項目の最上段の、緑の字の「すべて表示」を、
 クリックすると、今までの全てのブログを順番に読むことができます。
 
 上記の仕方で開いたときに、ブログ欄外の上のほうに、
 赤く小さい字で「リスト」とあります。この文字をクリックすると、
 記事の一覧表が出ます。
 
 右欄のカレンダーの、年と月の表示の左右の三角印をクリックすると、
 年月を移動させて検索することができます。カレンダーの中で赤文字の
 日付けがブログ作成の日で、これをクリックするとその日のブログが、
 表示されます。



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日本キリスト教団 京北(きょうほく)教会
 
京都市 左京区 下鴨 神殿町 17-3
 
京都市地下鉄「北山」駅を下車、徒歩約7
 
 
「京北教会ホームページ」を、
 
このブログとは別に作っています。
 
よろしければ、下記アドレスをクリックして、

どうぞご覧下さい!
 
 
教会ホームページのアドレス
 

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本日のブログ内容はここからです。
 
「3月6日(日)のこと」










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 2016年 3月6日(日) 京北教会 聖日礼拝


  聖書 ヨハネによる福音書 8章 1〜11節

  説教 「石を投げない裁き」

  讃美歌21 425「こすずめもくじらも」

        313「愛するイェス」

        529「主よ我をば」

  
  出席者数 31名

         
       
  礼拝後 ・軽食 ・3月定例役員会

        
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 礼拝前の時間。

 オルガンを練習される奏楽者の方。
 
 花を活けてくださる担当の方。

 みんなの礼拝のためにご奉仕をいただき、

 ありがとうございます。


 今日の礼拝堂の花として、学校の卒業式での花を、

 土曜日に教会に届けてくださった方がありました。

 ありがとうございました。



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 お昼には、炊き込み御飯とおつゆをいただきました。
 
 ご準備をいただき、感謝です。

 美味しくいただきました。


 この日の役員会では、次年度より、カレー作りなどに、

 男性にもご奉仕願おうと話し合いました。

 請うご期待〜\(^O^)/



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この日、彦根から車で2時間かけて、ご両親とともに。


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表情が少し大人っぽくなってきたかも。




子どもたちの写真を見ていると、

なぜか、

「平和」という言葉を想い起こしました。









        この日も、風邪で欠席の方々が多くありました。
      
        しっかりお休みされますように、そして、

        皆様のご快復をお祈りいたします。





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       週報掲載 「宣教のことば」


   「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、

   まずこの女に石を投げなさい。」


            ヨハネによる福音書 8章7節


 イエスはこのようにおっしゃいました。


 この女は異性との関係において罪ある者とされており、

 人々はこの女を石打ちの刑に値すると考えていました。


 旧約聖書に記された律法はその通りですし、

 たとえ律法に記されていなくたって、

 人の倫理としてよくないことだと、

 誰もが言うことができるでしょう。


 とはいえ、別のことを言うこともできます。

 人間は様々な事情があるのだから、

 そんなに問うべきではないとか、

 男性の側の責任はどうなるのか、とか、

 考え出すといろいろなことが、

 次から次へと頭に思い浮かびます。

 
 いったい私たちは何をしているのでしょう。

 聖書を前にして、

 自分は人からゆるされる存在か、

 自分は人をゆるすことができるか、

 そう問うときに、自分の中の何かが揺らぐ思いもします。


 けれども、聖書を感傷的に読んで、

 それでどうなると言うのでしょう。

 石を投げないことには、感傷ではなく、

 勇気がいるのです。



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土曜日には、

インフルエンザで入院された方の見舞いに行きました。

かなり回復されて、退院の日も決まったとのこと。

ご無理せず、日々の着実な快復をお祈りします。


日曜日には、

役員会のあとに、自宅療養中の方の見舞いに行きました。

久しぶりにお会いでき、笑顔を見ることができ、

うれしかったです。


お一人お一人を前にして、

自分が何かできるわけではないのですが、

ともに聖書を読み、祈ることを、

人間ができることとして、

したいと願っています。