京北教会ブログ──書庫(2010.8〜2019.8)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

1月20日(日)教会新年会

<きょうほく・きょうかい>
「虹のかかる教会」京北教会ブログ
2013.1.20付 「1月20日(日)教会新年会」

本日の記事は、
この下の、数枚の写真の後にありますので、
ずっと下方にスクロールしてご覧下さい。


 ─以下は、過去(2010~)のブログを読まれる方へ─

 ★ブログの右の欄の「ここ2ヶ月のブログ」という文字を、
 クリックすると最近の約2ヶ月分のブログが出てきます。

 ★右欄の中にある、「教会の四季や日常の歩み」「説教の断片など」
 「クリスマスシーズン」「京都教区の諸教会などへの訪問記」、
 などの各項目の文字をクリックすると、過去のブログを、
 それらのテーマ別に分けて読むことができます。
 
 ★右欄の、項目の最上段の、緑の字の「すべて表示」を、
 クリックすると、今までの全てのブログを順番に読むことができます。

 ★上記の仕方で開いたときに、ブログ欄外の上のほうに、
 赤く小さい字で「リスト」とあります。この文字をクリックすると、
 記事の一覧表が出ます。
 
 ★右欄のカレンダーの、年と月の表示の左右の三角印をクリックすると、
 年月を移動させて検索することができます。カレンダーの中で赤文字の
 日付けがブログ作成の日で、これをクリックするとその日のブログが、
 表示されます。


イメージ 4




イメージ 11



イメージ 5

日本キリスト教団 京北(きょうほく)教会

京都市 左京区 下鴨 神殿町 17-3
京都市地下鉄「北山」駅を下車、徒歩約9分

京北教会のホームページを、
ブログとは別に作っていますので、
よろしければ、どうぞご覧下さい!








 ここからが本日のブログです。

 2013年 1月20日(日) 

「1月20日(日)のこと/教会新年会」




  
イメージ 1


 先週の木曜日の朝の写真。
 起きたら雪がうっすら積もっていました。

 教会も少しばかり雪景色。

イメージ 9

イメージ 10

 教会の庭にもいくらかの雪。
 すぐに溶けて土の中に消えていきました。



 2012年 1月20日(日) 京北教会 聖日礼拝

 聖書 ルカによる福音書 13章 10~21節
 説教 「良き知らせを聴く」
 讃美歌21  425番「こすずめも、くじらも」
        412番「昔、主イェスの」 
                      493番「いつくしみ深い」

 出席者数 22名
       風邪の方が相次いでいます。
       皆様、御自愛ください。
 
 礼拝後 教会新年会 20名

     おぜんざいをいただきました。
     牧師から今年のお正月をどう過ごしたかの話を聞き、
     他に2名の方からそれぞれのお正月を聞きました。

     お餅が大きくてボリュームがありました。
     おいしくみんなでいただきました。
     食べていると、しばし皆さん無言になりました。
     お餅はかむことと、消化することに時間がいります。
     温かいおぜんざいで、無言の幸せを味わいました。

     ご用意いただいた皆様、感謝です。

イメージ 6


     しっかり塩昆布もつけてくださいました。
    ふわっと甘いおぜんざいに、ぴったりです。


イメージ 7

   これは、某高校の卒業30年記念学年全体同窓会で、
 配布された記念品の升(ます)。
 牧師が、自分の今年のお正月の話をする中で見せました。
 1月2日にこの同窓会が行われました。


イメージ 8

 遠方で、今までなかなか連絡のとれなかった教会員の方から、
 年賀状が教会あてに届きました。
 初めてのことで、とてもうれしかったです。
 お元気にしておられることが文面からわかりました。
 良かった! 年賀状をくださって感謝。
 これからもお元気で、そしてまたお便りいただけると幸いです。

 ほかにもいろいろな方から教会あてに、
 いただいた年賀状を、教会新年会でご紹介いたしました。
 皆様に感謝。


イメージ 2


   さて、来週の日曜日の礼拝後、
 上の写真に写っている教会庭の夏みかんを、
 みんなで収穫します。
 
 その後、手分けしてマーマレードにします。

 よろしければ、収穫をお手伝い願います。
 マーマレードにするのも、ご希望の方にしていただけます。
 夏みかんの数は、400個ぐらいでしょうか。

 この夏みかんは、マーマレード用に熟成するために、
 3ヶ月、樹にならせたままでおいてきました。
 けれども、生でも、いただくことができます。




 週報掲載 <宣教のことば>
 
 神の定めた決まりを、
 しっかりと守ることによってこそ、
 人は神から救われるのだと、
 堅く信じていた人々がいました。

 その目から見ると、そのころの決まりごとであった、
 安息日(神を礼拝するための日で、労働してはいけない日)に、
 病人をいやしたイエスは、決まりごとを破ったがゆえに、
 ゆるせない存在でした(ルカ13:1)

 イエスが病人をいやしたことは、
 労働をしたことだと、解釈したためです。
 しかもその場所は会堂、
 すなわち礼拝をするための場所でした。
 ここは神様を礼拝する神聖な場所で、
 労働をするところではないと、怒る人もいたでしょう。

 しかし、イエスは、
 18年間病気に苦しんできた女を思って、
 「安息日であっても、その束縛から
 解いてやるべきではなかったのか」と、
 そうした人々に言いました。

 行いというものは、とても大切なものです。
 その人のふだんの行いに、その人の心が現れています。
 けれども、行いが正しければ、
 それで神に救われるのでしょうか。

 たとえば、安息日の決まりごとを守って、
 イエスがこの日、このとき、この場所で、
 病人をいやさなかったら、
 イエスは旅をしておられましたから、
 次の日にはもう会えない存在になっていたかもしれません。
 
 決まりごとを守っていれば、
 それで神に救われるのではありません。
 そうした「正しい行い」を守ることによらず、
 何の「正しい行い」がなくても、
 「主の名を呼び求める者は誰でも救われる」
 (ローマの信徒への手紙10:13)

 これは、人間の力が何も作用しないところで、
 ただ神の愛のみが、私たちを救うという信仰です。
 イエスの告げた、良き知らせはここにあります。

 そんなことって本当にあるのかなと、
 思いつつでも構いませんから、
 神様と隣人に感謝を献げて、
 共に礼拝しましょう。

 神様と私たちの間が、
 神様の側からの近づきによって、縮めてもらえます。
 たとえ私たちが、そのことに半信半疑であっても。
 なぜなら、そのことは人間の力にはよらないからです。



イメージ 3

 人間の力には、よらない。
 この景色のように。