今日はリードオルガンを用いずに、
讃美歌伴奏機(下写真手前)を用いての礼拝。
オルガンの奏楽者が事情でご欠席のゆえ。
二台を用いて行う。それぞれ入っている曲の種類が違うため。
一台は個人のものをお貸しいただいている。
担当の方、ありがとうございます。
2012年 7月1日(日) 京北教会 聖日礼拝
聖書 ルカによる福音書 8章40~48節
説教 「あるがままの希望」
讃美歌21 208「主なる神よ、夜は去りて」
346「来たれ、聖霊よ」
433「あるがまま我を」
出席者 23名
礼拝後 ・いつものお茶
・7月定例役員会
週報掲載の「宣教のことば」欄より
<宣教のことば>
氷は熱に触れて溶け始めます。
水に変わり、自由に流れ始めます。
そのように、人という存在も、
それがまるで氷のように、
かたくななものであっても、
熱に触れて、
その形を変えていきます。
流れる水のごとくに自由なものへ。
12年間病気に苦しんできた、
一人の女性の話がルカ福音書にあります。
どの医者にかかっても治らず、財産を使い果たしたとのこと。
その間に、人生の多くの機会を逃し、もはや時間は戻らない。
それでも、この女性は、イエスの話を伝え聞いて、
いやされるかもしれないと思って会いに来たとのこと。
今いやされたとしても、
それで過ぎた人生が戻るわけではない。
それでも、何かがイエスを通じて、
自分の先に見えてくるかもしれないと思うと、
足がイエスのほうに向いた。
そこで思わぬ出会い方をします。
そのときイエスは、
氷のように固まっていた、
この人の人生を解き放ったのでした。
「あなたの信仰が、あなたを救った」との言葉と共に。
12年間は無駄ではなかったのです。
育まれ続けてきた道だったのです。
<教会玄関の改修工事(3年前)の写真>
今日のブログは、このままでは写真が少ないので、
過去の写真をいくつか掲載します。
以下は、3年前に教会玄関を改修したときの写真。
親子室から見た眺めです。
床を張り替えているところ。
3年前、教会建物全般を、白アリにくわれていないか調査すると、
教会玄関の床下の柱が一部くわれていたので、
しっかり修理と補強を行いました。
その際に玄関床を前面張り替えしました。
その後、業者に白アリ対策(薬物による駆除装置と定期点検)を、
依頼して、万全の構えで対策して、無事に現在に至っています。
下の写真で、教会の土台の様子がわかります。
煉瓦が用いられています。
土台として、木の柱と礎石が組み合わされています。
下のように、しっかり補強していただきました。
しっかりと支え続けている土台石。
1924年にこの建物は烏丸五条近くに建築され、
1941年に下鴨に移築されました。
この土台石も、建物と共に、おそらく88年目なのでしょう。
私たちの知らないところで、
隅の親石があります。
「誰が隅の親石を置いたのか。」(ヨブ記 38章6節)
「家を建てる者の退けた石が、隅の親石となった。
これは主の御業。私たちの目には驚くべきこと。」(詩編118編22節)
「主は、人々からは見捨てられたのですが、
神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
(ペトロの手紙1 2章4~5節)