京北教会ブログ──(2010.8〜2020.7継続中)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

こころで歌おう~新旧讃美歌一曲

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 2011年5月29日。
 先週の日曜日に続き、今日の日曜日も雨。よくふるなぁ。
 先週にくらべると、風は少ないようにも感じる。
 何人かの方から欠席のご連絡があった。
 今日の礼拝は、出席14名。
 皆様、雨の中をよく来てくださいました。

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 雨の中の紫蘭(シラン)。
 金属の柱は手すり。

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 今日はどなたが来られるのか…と受付から外を見る。
 教会玄関の扉は本当は広いけれども、ななめから撮るとずいぶん狭く写ってしまう。けれども、京北教会の扉は、本当はとても横に広い。
 どんどん人が入れるように。

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 空席を見て、そこにいつもなら座っておられる方々のことを想う。

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 礼拝堂においてサインしていただくハガキ(お見舞い、近況うかがいなど)も、今日はいくらか人が少なく、サインのための余白が全部埋まらないので、来週まで置いておくことにした。ちなみにこのカードは手作り印刷。いつもきれいに作っていただいている。ありがとうございます。

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 教会の庭にあるヒイラギ。ふと見ると、おおつぶの水滴が、いくつもいくつもぶらさがっているのが、遠くからでも見えた。思わず撮影。なぜこんなにおおきな水滴ができる? 遠くからでも光っているのが見える。
 こんな光景があることを今日、初めて知る。
 雨の日の恵みの発見。


 さて、今日の礼拝後の「こころで歌おう~新旧讃美歌から一曲」は、1編の517番「われにこよと主はいま」。

 「われにこよと 主はいま 優しく 呼びたもう
  などて愛の光を 避けてさまよう
  『帰れや わが家に 帰れや わが家に』
  と主は いま呼びたもう」(1番歌詞)

           (出版元 日本基督教団出版局 讃美歌委員会)

 教会の礼拝(後)に際して歌うのはとても久しぶりの讃美歌。
 暖かな歌詞に、心が動く。

 ここで、あえて理屈っぽいことを言えば、実は聖書には、イエス・キリストがこの歌詞のように「帰っておいで、わが家に」というような意味の言葉を言ったことは記されていない。つまりこれは、作詞家の創作である。

 讃美歌に付記された注釈によると、この歌詞の作成にあたり参考にされているのは、マタイによる福音書11章28節「疲れた者、重荷を負う者は、誰でも私のもとに来なさい。休ませてあげよう」や、ルカによる福音書15章8~32節にある、放蕩息子に関するイエスのたとえ話であろうと思われる。

 また、主という言葉は、イエスだけではなく、神様を指す言葉であるから、作詞者の信仰を表した言葉として、こういう言葉使いもできるかもしれない。しかしそれでも、作詞家が自分の想像の世界の中で、勝手に神様にこんな言葉を言わせてもよいのだろうか…ということもできるだろう。

 さて、どう考えたらよいのだろうか。

 この歌詞は、神様の言葉を私たちに伝えている歌だと思える。
 なぜなら、教会は、いつも皆さんに、帰っておいで、わが家に、と言っているから。

 この歌詞は、神様を信じる教会が、神様からゆだねられた言葉として歌うものだと思うことにしよう。

 教会は、わが家なんですよ、と。
 信仰は、わが家なんですよ、と。
 悔い改めも、ゆるされることも、救われることも、それは神様のわが家での出来事。

 だから「われにこよと主はいま…♪」と歌える。

 今日、雨で来ることのできなかった方達とも、療養などで来ることのできなかった方達とも、またお会いできる。この教会で。

 初めての方とも、久しぶりの方とも、お会いできる。ここで。

 神様のおられるわが家で。

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 雨の日、それは晴れの日が恋しい日。

 先日の晴れの日に撮影した、ミニチュア・バラ。
 
 仲良く集まっているように見える。

 「わが家」だろうか。